理論・解説

従業員本人の同意の取り扱い

メンタルヘルス対応において、何かとトラブルを避けたいと思うがあまり、従業員本人の同意や了承を取っておきたいと思うことはありませんか。
 あるいは、同意や了承が取れないからと言って、同意できるように内容を変更したり交渉したりしようとしていないでしょうか。

本人の同意の取り扱いについて、整理してみたいと思います。

二つの健康管理による整理

業務的医療管理と医療的医療管理では、本人の希望や同意に対する考え方は異なります。

医療的健康管理は、医療における考え方を職場に持ち込んだ健康管理です。そのため、病院医療と同じく、本人の意に沿わないことは決して行いません。つまり同意がなければ対応が難しいことになります。
 例えば、ストレスチェックにおける高ストレス者面接。いくら面接を勧奨しようとも、本人が希望し同意しなければ、面接はできません。

一方の業務的健康管理は、労務管理の視点から整理した健康管理です。職場で業務の一環として行われている、業務命令やルールに沿った対応と同じく、適切な範囲内で出された命令であれば、本人は意に沿わなくても従わなければなりません
 こちらの例は、定期健康診断。会社も受診義務がありますので、受診をしない人に対して、最終的には命令してでも受診をさせることとなります。これを拒むことは、業務命令拒否にも該当するため、企業秩序維持のため何らかの制裁(懲戒処分等)を科すことも検討できます。

要するにメンタルヘルス対応を医療的健康管理で対応しようと思うと、本人の同意を取らなければ対応できません。一方で業務的健康管理に基づいて対応すれば、本人が同意しなくても対応ができます。

本人の同意有無で何かが変わるのか

休職制度の立ち位置

休職制度は、私傷病により労務提供ができない状況に対して、本来は解雇を検討すべき場面であるところ、一定期間解雇を猶予して、病気の回復を待つ制度です。
 そのため、休職を発令する事由は「私傷病により完全な労務提供ができなくなったこと」ですし、休職事由の消滅、言い換えれば復職を発令する事由は、「私傷病より回復し、完全な労務提供ができるようになったこと」です。

復職時のタイミングは、労働条件交渉の場面ではない

そして重要な点は、完全な労務提供とは、原契約つまり元々締結していた労働契約に基づいた、債務の本旨に沿った労務提供であるという点です。

何が言いたいかというと、病気によって労務提供ができなくなったから休職した、病気が回復し労務提供ができるようになったから復職する、ただそれだけのことなのです。この場面のどこにも、労務提供の質や量を変えるタイミング、より広く言えば労働条件を交渉するタイミングはありません

本人の同意があるに越したことはない

もちろん、本人が同意あるいは納得している状態を作ることができるのであれば、それに越したことはありません。本人が納得していれば、その分モチベーションも上がり、対応もスムーズにいくでしょう。
 例えば、週一報告を出すように指示したときに、それに反発しているよりも、本人自身も納得した状態で提出してもらった方が、内容も伴った報告が出てくるはずです。そのため、手続等の趣旨や目的に関して、丁寧な説明をすることは重要でしょう。

ただし重要な点は前述の通り、そもそも本人の同意の有無にかかわらず、結果は決まっているし、ルールに沿って対応をするだけだという点です。つまり、本人の同意を得ようと過剰な対応をするがあまり、本人側に「まだ交渉の余地があるのかも」と誤解を生じさせてはいけません。その誤解が後の問題に発展するのです。
 こうした問題発生を予防するためにも、面接シナリオを用いた、十分な準備が欠かせません。

現実の場面での対応

基本的には人事からの指示に従ってくれる

多くの従業員は、普段から業務命令やルールに沿った対応で働いているわけです。そのため、人事から適切な説明がなされれば、それを素直に受け取くれます。
 例えば「人事課として、新しい復職プログラムの策定を進めています。そのため●●さんの今回の療養も、この新しいプログラムに沿った対応をいたします。よろしいでしょうか」というような説明を受けて、拒否することはほとんどありません。

本人の同意が必要な場面

これまでの対応を変える場合は、ある意味で既得権を奪うものですから、本人の同意が必要となるでしょう。そのため、「これからはこういう対応になりますが、よろしいでしょうか」という説明は必要です。

とはいえ、既得権はずっと守らないといけないものではありません。そもそもルールから逸脱した状態になっていたのですから、謝ってでも、元のあるべき姿に戻していかなければなりません。

そのため、もし本人が同意しないのであれば、「分かりました。今回はあなたの言うとおりにします。ただしもし次回があった場合はこちらの言うとおりに対応していただきます」と通知をして、次回から軌道修正していけば良いでしょう。

重要なことは、説明の一貫性

なぜ人事からのいうことを素直に受け止められないのか。本人側に問題があることも多いですが、その一方で人事・会社側にも問題がある場合も多いです。

人事・会社の対応の何が問題か。それは一貫性を欠いた対応になっている点です。
 相手に納得してもらえるよう、寄り添ってみる。相手が納得しなければ、別の条件を提示してみる。納得できるように、別の方法を模索する。こうした対応は、人事・会社側としては本人のために行っています。
 ですが相手から見れば、したいことがコロコロと変わる、一貫しない信頼できない対応になっています。

そうではなく、人事・会社が、大きな方針をもって、一貫した対応をする。それにより、心の底から賛成しているわけではないけど、同意でき納得できることにつながるはずです。そのためにも、面接シナリオを準備した対応は欠かせないと言えるでしょう。

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