JT(日本たばこ産業)の休復職に関する訴訟が報道され、話題となりました。休職していた社員が復職を申し入れたものの、6回にわたり復職を認められず、最終的に休職期間満了で退職となった事案です。
本稿では、この訴訟報道を題材に、復職対応において人事担当者・産業保健職が押さえておくべきポイントを整理します。
なお、現時点では提訴段階であり判決が出ているわけではありません。また、報道されている内容は基本的に原告側代理人の記者会見をもとにしたものであり、会社側の主張が十分に反映されていない可能性があります。以下はあくまでも報道内容をもとにした考察であり、事実認定は今後の裁判を待つ必要があることを、念頭に置いてお読みください。
*本記事は「復職名人が読む三手先」第67回の内容をもとに構成しました。
復職を「させない」ことの問題点
復帰基準における判断の誤り
報道によれば、会社側が復職を認めなかった理由として、「職場とのマッチング」や「周囲の同僚への負担」といった点が挙げられているようです。
しかし、休職事由の消滅(=復職の可否)の判断において、職場とのマッチングや周囲の負担は、本来関係のない要素です。この点については、神奈川SR経営労務センター事件をはじめとした裁判例でも明確に示されています。
復帰基準として問われるのは、あくまで「通常勤務を行う意思と能力があるかどうか」です。
ここでよくある誤りは、客観的に「できるかどうか」で判断しようとしてしまうことです。周囲の方々は「この人にはできない」と感じるかもしれません。しかし、大事なのは客観的にできるかどうかではなく、本人が「やります」と意思表示をしているかどうかなのです。
この点を、採用場面に当てはめて考えるとわかりやすいでしょう。採用面接において、応募者が客観的に仕事をできるかどうかを完全に判断することは困難です。本人が「ちゃんとやります」と言っていることを、一定程度尊重して、やらせてみる。復職の場面も、基本的には同じように考えるべきです。
ただし注意が必要なのは、「やります」の中身です。「やりたい仕事だけやる」「特定の人とは関わらない」「残業は一切しない」というような、条件付きの復職であれば、それは完全な労務提供の申し出とは言えません。そうしたケースでは、「その条件では復帰基準を満たしていませんので、もう少し準備をしてきてください」とフィードバックすることが適切です。
6回の復職審査と満了退職
本事案では、約1年半の間に6回にわたり復職審査委員会が開催され、すべて復職不可と判断された結果、休職期間満了による自動退職となったとされています。
ここで考えるべきは、このようなケースにおいて、復職を拒み続けるよりも、一旦復職させた上で、業務上の問題があれば指導を行い、改善しなければ普通解雇という選択肢の方が、はるかに筋が良いということです。
なぜなら、復職させない理由として「仕事ができない」「周囲に迷惑がかかる」といった事情を主張しても、休職事由の消滅の判断においては関係ないとして退けられる可能性が高いからです。一方で、復職後に通常勤務を命じ、指導を行い、それでも改善しなかったという事実があれば、それは解雇の正当な理由として、少なくとも裁判所に考慮してもらえるものになるはずです。
なおここで一つ指摘しておきたいのは、「解雇は絶対にしない」という方針を持つ企業の問題です。「人に優しい会社でありたい」という理念は理解できますが、その結果として、解雇というある種の人事権の行使を自ら封じてしまうと、こうした問題を健康管理だけで対処しようとすることになります。そうなれば、まさに本事案のように、復職を認めないことでしか対処できなくなり、かえって問題が深刻化するのです(あるいは自ら退職を選択するよう促すという、悪質とさえ言えるアプローチを取ることにもなりかねません)。
法的リスクの視点
訴えられただけで「法的リスク」の大半は発生する
この事案から学ぶべき重要な点の一つは、レピュテーションリスク(評判リスク)に関するものです。
多くの企業が「法的リスク」を気にしますが、実は訴えられた時点で、いわゆる法的リスクの大部分はすでに発生しています。提訴されれば原告側がプレスし、報道される。会社側は「訴状がまだ届いていないのでコメントできない」の2行程度が紹介されるだけです。
しかも、仮に会社が勝訴したとしても、請求棄却のニュースはほとんど報道されません。つまり、世間の認識は「訴えられた」という段階で止まってしまうのです。
復職拒否と普通解雇、どちらがリスクか
この視点から考えると、復職を拒み続けて訴訟になるよりも、復職させた上で適切に指導し、改善しない場合に普通解雇とする方が、レピュテーションリスクは低いとさえ言えそうです。
復職を6回拒否して満了退職にしたという事案は、「本当は復帰できたのに復帰させてもらえなかった」という、いわば「強者対弱者」の構図として報道されやすいものです。
一方で、普通解雇の紛争がここまで大きく報道されることは通常考えにくいでしょう。しかも復職後に適切な指導を行い、改善に向けた努力を尽くした上での解雇であれば、「ちゃんと対応した会社」として、むしろ評判が上がる可能性さえあります。
興味深いのは、本事案に関するヤフーニュースのコメント欄の反応です。「おすすめ順」で表示されるコメントの多くは、必ずしも原告に共感するものではなく、「こういう人が職場にいて大変だった」という経験談に共感が集まっている傾向が見られました。ネット上の反応が常に「弱者の味方」になるわけではなく、職場で同様の問題を経験した方々にとっては、もはや他人事ではないということなのかもしれません。
このことは、会社が適切に対応した上での普通解雇であれば、世間からも一定の理解が得られる土壌ができつつあることを示唆しているとも言えるでしょう。
言いなりになることもコミュニケーションの断絶
訴訟を避けたいがために、本人の言いなりになるケースは少なくありません。しかし、本人の希望をそのまま受け入れるだけの対応は、実はコミュニケーションの断絶です。
会社として何が求められているのか、基準は何か、現状はどこが足りていないのか——こうしたことを伝えないまま、本人の要望だけを聞いていては、本人は自分の問題に直面する機会を失います。
結果として、「なぜダメなのかわからない」という不満が蓄積し、外部の労働組合や代理人に相談することにつながりかねません。
本事案でも、外部の労働組合による団体交渉が4回実施されたと報じられています。外部の労働組合が介入すると、企業側の態度はどうしても硬くなりがちです。当該労働者に対しても「敵」という見方が生じてしまい、感情的に受け入れられないという流れになってしまうことがあります。こうした事態を招く前に、本人との間で十分な対話を行っておくことが重要です。
正面から向き合うことが最善の訴訟回避策
公明正大に、正面から向き合うことが、結局は最善の訴訟回避戦略です。
復帰基準を明確にし、何が足りていて何が足りていないかをフィードバックし、本人が自分の状況を消化できる機会を提供する。たとえ最終的に復帰できないという結論になったとしても、こうしたプロセスを経ていれば、本人の中で一定の納得が生まれます。
さらに、こうした対応を、本人の傍らにいる家族が見ていれば、「会社はきちんと対応している」と理解してもらえます。家族から本人に対して冷静な助言がなされる期待も高まるでしょう。
真正面から向き合わないということは、言い換えれば、相手を尊重していないということです。その姿勢が最終的に怒りやエネルギーとなり、訴訟につながるのではないでしょうか。
復職審査委員会の落とし穴
〇×判断では対話にならない
厚労省の手引き等でも復職委員会の設置が推奨されていますが、運用の仕方には注意が必要です。
復職委員会が、申請を受けて〇か×かを判断し、結果を突き返すだけの仕組みになっていると、本人とのコミュニケーションは断絶します。何がダメなのか、何が復帰基準に足りていないのかをフィードバックしない限り、本人にとっては改善のしようがありません。
本事案でも、「何をすれば復職できるのか具体的に示されなかった」という原告側の主張があり、この点はまさに復職委員会の運用の問題点を如実に表しています。
復帰基準は明示し、フィードバックする
私たちの対応では、復帰基準をあらかじめ本人に示し、定期的な報告に対してフィードバックを行うプロセスが不可欠です。
本人が復帰に向けて何らかの取り組みを行った場合(例えば、専門のリワークプログラムへの参加など)、それをどう評価するかを伝えなければ、信頼関係は構築できません。復帰基準を示さないまま復職不可を繰り返せば、不信感を招くのは当然です。
復帰基準は、最終的には 「通常勤務を行う意思があり、指示に従って業務に取り組む」 という、ある意味では非常にシンプルなものです。大切なのは、この基準をあらかじめ明示した上で、報告に対して丁寧にフィードバックしていくことです。
療養専念期と復帰準備期を分ける意義
従来の休復職対応では、療養に専念してもらい、回復したら一気に復職という流れが一般的でした。あるいは、復職後に「試し出勤」で様子を見る、という対応もあります。
しかし、特に休職前に十分な指導がなされていなかったケースでは、療養期間中だけでは対応が難しい部分があります。療養中は「病人」であり、業務上の問題点を指摘して改善を求めるという対話が成立しにくいからです。
そのため、療養専念期と復帰準備期を明確に分けることが重要です。
まずしっかりと治療に専念し、生活リズムを回復させる。その上で、復帰準備の段階で、仕事に向けた準備を進めてもらう。この段階であれば、休職前に指導がなされていなかった問題点についても、復帰に向けた準備の一環として取り組むことができます。
復帰準備期間中に、定期的な報告(週一報告)を求め、それに対してフィードバックを行うことで、復帰基準に向けた準備状況を確認し、必要な対話を行うことが可能になります。
まとめ|王道を尽くすことが最善策
本事案から得られる教訓を整理します。
まず、復帰基準の明示とフィードバック です。復帰基準をあらかじめ本人に示し、定期的な報告に対してフィードバックを行いましょう。〇×の判定だけで突き返すのではなく、何が足りていないかを具体的に伝えることが、結果的に本人の復帰を促進し、紛争を予防します。
次に、復職拒否よりも復職後の指導 という視点です。復職を拒み続けるよりも、一旦復職させた上で、通常勤務を前提とした指導を行い、改善しなければ普通解雇という選択肢を検討する方が、法的にもレピュテーションリスクの観点からも筋が良いと言えます。
そして、公明正大な対応が最善の訴訟回避策 であるということです。本人の言いなりになるのでもなく、一方的に拒否し続けるのでもなく、正面から向き合い、基準を示し、対話を続けること。これが、結局は訴訟リスクを最も低減する方法です。
加えて、休職者との連絡は、カジュアルな手段を避け、週一報告と書面でのフィードバック を基本とすること。記録は必ず残すこと。そして全事例において、早い段階から家族の関与を得る こと。これらは、対応の基盤となる実務上のポイントです。
休復職対応において、近道はありません。王道を尽くすことが、本人のためにも、会社のためにも、最善の結果をもたらすのです。

