人事をどう巻き込むか|チーム対応の入り口と「病気モデル」の罠

上司・人事

業務遂行レベルが著しく低い部下がいます。指摘しても、改善そぶりは見せるものの、実際には改善しません。こうした部下にフォローさせられる周囲はかなり疲弊しています。

こうした相談が産業保健職のもとに持ち込まれたとき、何が起きているのか。

多くの場合、上司が保健師に相談する背景には、「病気ではないか」と言ってもらいたいという期待があります。病気であれば、上司の指導能力不足の問題ではなくなるからです。しかし、この構造を理解しないまま対応すると、問題はかえって複雑化します。本稿では、こうした事例における関係者の役割分担を整理した上で、チーム対応をどう構築していくかを考えます。

*本記事は「復職名人が読む三手先」第61回の内容をもとに構成しました。

「病気モデル」に逃げ込む構造

上司はなぜ保健師に相談するのか

ある製造業の産業保健師から寄せられた質問を取り上げます。入社数年の若手社員で、業務遂行レベルは期待値の2〜3割。業務を指示してもできない。プライドが高く、指摘するとあからさまに態度に出るため周囲が疲弊している——そうした部下について、上司から対応の相談があったというものです。

まず注目すべきは、この相談が保健師のもとに来ているという事実です。相談内容の中身を見れば、体調不良やメンタルの問題はどこにも書かれていません。純粋に仕事ができていないという話です。それなのに保健師に相談が来る——ここに構造的な問題があります。

3つのモデル

この場面では、3つのモデルが交錯しています。

第一に、個人モデル。仕事ができないのは本人の能力の問題であるという見方です。しかし、現在の職場環境においては、この見方だけでは話が進みません。

第二に、上司モデル。仕事ができない部下がいるのは、上司の指導能力・管理能力が不足しているからだという見方です。最近はこの方向に振れる傾向が強く、上司にとっては大きなプレッシャーになっています。

第三に、病気モデル。仕事ができないのは病気のせいであるという見方です。病気モデルが成立すれば、上司の指導能力は問われなくなりますし、本人の責任でもないことになります。いわば、関係者全員にとって都合のよいモデルです。

上司が保健師に相談に行くのは、この病気モデルに持ち込みたいからです。保健師から「病気の疑いがあるかもしれませんね」と言ってもらい、受診させて診断名がつけば、上司は上司モデルから解放されます。そして問題は健康管理室に引き取られ、上司の手を離れる——そういう展開を期待しているのです。

病気モデルの何が問題か

病気モデルは一見すると「誰のせいでもない」という美しい整理に見えます。しかし実際には、本質的な解決にはつながりません。

受診して診断名がついたとしても、業務遂行レベルが2〜3割であるという事実は変わりません。それどころか、診断名がつくことで「障害があるのだから合理的配慮を」という方向に議論が進み、ますます問題の解決が遠のくことすらあります。

そして何よりも、人事はこの展開を経験的に知っています。だからこそ、こうした案件に積極的に関わろうとしないのです。介入すれば産業医から合理的配慮を求められ、外部からは「成果主義か」と批判され、まっとうな解決に至った成功体験がない——それなら逃げ回っていた方が得だ、という判断が働きます。


この事例にどう対応するか

考え方の方向性は正しい

質問者の保健師は、自分なりの考えとして次のように述べています。「本来のレベルの業務を上司から与え、遂行できなければ適切に指摘する。それにより体調を崩せば療養、療養しないのであれば職務怠慢として処分の対象になるのでは」と。

この考え方の方向性自体は、概ね妥当です。通常勤務を基準として考え、通常勤務ができていないのであれば指摘をする。背景に体調不良があるのであれば療養を勧める。療養しないのであれば就業規則に基づいて対応する——この枠組み自体に大きな問題はありません。

上司だけに任せてはいけない

ただし、実行の方法には注意が必要です。この対応を上司だけに任せるのは荷が重すぎます。

特に、プライドが高く指摘に対してあからさまに態度に出るタイプの社員に対して、上司一人で繰り返し指摘を続けるのは現実的ではありません。上司単独で対応すると、パワーハラスメントと言われるリスクもあります。

したがって、早い段階で人事を巻き込み、チームとして対応を始める必要があります。上司には最初の指摘程度はやってもらうとしても、療養導入に向けた繰り返しの指摘や、就業規則に基づく説明は、人事が担うべきです。

役割分担の設計

具体的には、上司の役割は業務上の事実の指摘です。「この業務の遂行レベルが求められる水準に達していない」という事実を、淡々と伝える。処分や懲戒といった話は上司からは言わせない方がよいでしょう。

人事の役割は、就業規則に基づく説明です。上司から指導がなされても改善していないという事実を横から指摘し、就業規則上の位置づけを説明する。頭の中では「業務遂行レベル2〜3割であれば普通解雇の事例だ」と思っていても、いきなりそこには飛ばず、グレードの低いところから順を追って説明していきます。

保健師の役割は、病気として扱う問題ではないということを丁寧に整理し、チーム対応に持っていくことです。上司が「病気ではないか」という期待を持って相談に来ている以上、その期待をそのまま受け入れるのではなく、「病気かどうかはひとまず置いて、業務上の問題として対応を考えましょう」と思考停止を解除してあげる。その上で、人事を交えた3者で対応を始める方向に導くのが、保健師のこの場面での重要な役割です。

二段構えの療養導入

実際の療養導入の場面では、二段構えの設計が有効です。

第一段階では、上司が本人と会い、ごく簡単なシナリオで業務上の事実を伝えます。復帰基準や就業継続基準といった込み入った内容は含めず、事実の指摘と「療養するか、それともちゃんと働くか」という選択肢の提示にとどめます。

本人が「ちゃんと働きます」と答えた場合、第二段階として人事が登場します。人事は同じ説明を改めて行った上で、復帰基準の話を就業継続基準として伝え、場合によっては「明日遅刻したら懲戒事由になる」といった具体的な説明まで行います。

この二段構えのポイントは、上司に読ませるシナリオを軽くしておくことで、上司が対応しやすくなるという点です。最初の最初からガチッとした内容を上司に言わせるのは現実的ではありません。入り口は上司に担ってもらい、就業規則や懲戒に踏み込む内容は人事が引き受けるという分担です。

チーム対応は「たらい回し」でよい

チーム対応というと、全員が一堂に会して対応するイメージを持たれがちですが、実際には関係者間で順番に対応していく形が有効です。

ここで重要なのは、押し付け合いで受け皿がなくなることと、順番に対応を回していくことは全く違うということです。上司がこの部分を対応し、次に人事がこの部分を対応し、次に健康管理がこの部分を対応する——一つずつ解決しながら回していくのであれば、それは「たらい回し」ではなく適切な役割分担です。

一人で抱え続けると行き詰まります。特に上司だけで対応し続けると、パワーハラスメントと言われるリスクが高まります。しかし、関係者全員で順番に対応していけば、一人あたりの負荷は下がり、かつ問題は一つずつ解決に向かいます。問題が解決しない限りは、上司・人事・健康管理が関わり続ける。本人が仕事ができるようになって手がかからなくなったら、そこが終わりです。


人事をどう巻き込むか

なぜ今この課題が生じているのか

そもそも、なぜ人事の関与がこれほど難しいのか。その背景には、健康管理と労務管理の歴史的な分離があります。

かつての健診・事後措置の時代には、人事の関与がなくても産業医と保健師だけでそれなりにうまく回っていました。血圧が高い人は就業規則を普通に守りますし、服薬指導程度であれば労務管理の問題は生じません。健康管理室は独立した機能として完結していたのです。

ところが、メンタルヘルス不調者の対応が増える中で、健康管理だけでは解決しない問題が大量に発生するようになりました。療養導入も復職判定も、就業規則に基づく対応が不可欠です。しかし、それまで健康管理に丸投げしてきた人事にとっては、「せっかくお金を出して場所まで用意して健康管理室を作っているのに、なぜもう一回引き取らなければならないのか」という感覚があります。この構造的なギャップが、人事の巻き込みを困難にしている根本的な要因です。

人事が逃げる理由

上記の事例でも明らかなように、チーム対応において最大のハードルは、多くの場合、人事の関与を引き出すことです。

人事が逃げる理由は、先に述べた通り、こうした案件に関わってもまっとうな解決に至った成功体験がないからです。介入すれば泥沼になり、外部から批判され、結局は問題が解決しないまま担当者が異動して終わる——そうした経験の蓄積が、関与への消極性を生んでいます。

上司向けシナリオを入り口にする

人事を巻き込むための現実的なアプローチとして有効なのが、上司向けの面接シナリオを入り口にするという方法です。

産業保健の側から「人事の関与が必要です」と直截的に言っても、丸投げしていたものを引き取れと言われているように聞こえます。特に、産業保健に対応を委託する形で運用してきた企業では、押し付け合いの構図になりかねません。

しかし、上司の側は困っているのです。現場で対応しようとしても、従業員から予期しない反撃を受けてうまくいかない。人事に相談しても「ああしろ、こうしろ」と言われてやるが、またうまくいかない。この繰り返しに疲弊しています。

そこで、上司に面接シナリオを提供する——つまり、何をどう言えばいいかを具体的に台本にして渡す——という形を取ると、上司の反応は非常に良いことが多いのです。現場でその都度考えて対応するのではなく、シナリオをもらって読み上げ、結果を報告し、軌道修正の指示をもらう。この方が圧倒的に早くて確実だと、上司自身が実感するからです。

研修を通じた段階的な巻き込み

より構造的なアプローチとしては、3回シリーズの研修を設計するという方法があります。

1回目は上司向けに、ハラスメントと言われないための適切な指導の仕方を扱います。これは上司にとってニーズの高いテーマであり、人事にとっても抵抗感が少ない。2回目は、健康管理の場面でもシナリオが有効であることを示します。産業医面談の問題事例を動画等で見せながら、シナリオによる事前準備の重要性を共有する。3回目になると、気がつけば人事が復帰基準を読み上げる役割のロールプレイをしている——そういう設計です。

このアプローチのポイントは、最初から「人事の関与が必要だ」とは言わないことです。上司のニーズに応える形で入り、シナリオの有効性を体験してもらう中で、自然と人事の役割が浮かび上がってくるようにする。2回目の研修でシナリオの中身を見れば、鋭い人事担当者であれば「これ、産業医が言うことではなくて人事が言うことでは」と気づきます。その気づきを3回目で形にする——そういう段階的な引き込みです。

動画による定型説明の代替

チーム対応の実務上の工夫として注目されているのが、療養開始時の説明を動画で行うという方法です。

復帰基準や療養の流れといった定型的な説明は、本来は人事が読み上げるべき内容です。しかし、人事の関与が得られない段階では、これを動画に置き換えることで、説明の質を均一に保ちつつ、運用上の逸脱を防ぐことができます。動画であれば、月に5人休職に入ったとしても対応できます。

また、動画やAI音声による説明には副次的な効果があります。対面で復帰基準を読み上げると、どうしても説明者と休職者の間に対立関係が生まれやすい。しかし、動画として客観的に提示すれば、両者が同じ方向を向いて「この基準に向かって一緒に頑張っていきましょう」という関係を構築しやすくなります。ビジネスの交渉術でいうホワイトボード効果——対面で議論するのではなく、ホワイトボードに書かれた課題を共に見つめることで同じ側に立つ——と同じ原理です。


「説得」と「説明」を混同しない

復職判定を採用面接に例えてよいか

もう一つの質問を取り上げます。

復職判定を中途採用の面接に例える説明が分かりやすかった。採用面接を受けるつもりで復帰準備する必要があることを、本人に伝えても問題ないか

結論から言えば、伝える相手を間違えるリスクがあります。

この「採用面接に例える」という説明は、人事や保健職に対して、復職判定の趣旨を理解してもらうための説得的な表現です。ギリギリで基準を通過しようとするのではなく、余裕を持って準備した方がよい——そうしたイメージを共有するための比喩です。

しかし、これを本人に伝えると、「自分は一度解雇されたのか。復職は再雇用なのか」と受け止める人が出てきます。あるいは逆に、「採用面接だと思って頑張ります」と意気込むけれども、ピントのずれた方向に頑張ってしまうこともあります。こちらが共有したいイメージと、相手が受け取るイメージが一致する保証はないのです。

説得は幅を生む、説明は幅を生まない

ここに、「説得」と「説明」の重要な違いがあります。

復帰基準を本人に伝える場面は、説得の場面ではありません。説明の場面です。復帰基準は交渉の対象ではなく、変更の余地のない事実として伝えるものです。「当社の復帰基準はこうです」と説明する。本人がそれを理解しようがしまいが、基準は変わりません。

一方、説得というのは、相手を納得させようとする行為です。説得には交渉の余地があり、こちらも多少の譲歩をしてよいという含みがあります。だからこそ、同じことをいろいろな言い方で伝え、相手に「はまる壺」を探すことに意味があります。

我々がメソッドを伝える場面では、説得的にいろいろな比喩を使います。採用面接の例えもその一つです。しかし、メソッドを実際に運用する場面——人事と本人、上司と本人、保健師と本人というやり取りの中——では、多義的な幅が出るような表現は避けた方がよいのです。できるだけドライで形式的に聞こえるかもしれないが、解釈の幅が生まれない言い方をする。それが最もうまくいきます。

復帰基準は5回も6回も聞いている

もう一つ重要なのは、一つの場面で勝負しようとしないということです。

メソッドの運用では、療養開始の説明から始まって、同じことを何度も何度も繰り返し伝えます。復帰基準も、最後の復帰判定面接で初めて聞く話ではなく、それまでに5回も6回も聞いている話です。だからこそ、最後の場面で「このような復帰基準でしたよね」と確認するだけで本人も「ああ、そうですね」となる。

採用面接に例えて一発で理解させようとするのは、ピンポイントの一場面で勝負しようとする発想であり、それまでの仕込みが十分であれば必要ないし、仕込みが不十分であればこの一言だけでうまくいくことはありません。

復帰準備が進まないときの対応

この質問の背景には、復帰準備がなかなか進まないケースにどう対処するかという悩みがあるように思われます。

復帰準備報告を求めても、本来のレベルには程遠い内容しか上がってこない。受領書で「復帰は所定労働時間・週5日・安定的に働けることが求められます」と繰り返し伝えても理解してもらえない——こうした場合に有効なのが、予備面接の実施です。

具体的には、「あなたの報告では、まだ午前中の9時から12時までしか復帰準備ができているという報告しかいただいていません。これでは、復帰基準を満たしているかどうか判断のしようがありません」と、復帰準備の不足箇所を具体的に指摘する面接を行います。

本人は、自分の報告内容が最終的な復帰判定にどう結びついているのか、客観的に理解できていないことがあります。復帰基準という到達点と、自分の現在地のギャップを具体的に示されて初めて「午後も準備しないといけないのか」と気づく。答えそのものを教えるわけではないが、答えの方向をかなり具体的に示してあげるという加減です。

採用面接の比喩で動機づけようとするよりも、こうした具体的なギャップの提示の方が、復帰準備を前に進める力があります。


正面から向き合うということ

コーチング偏重の弊害

最初の質問に戻ります。「指摘するとあからさまに態度に出る」社員に対して、どう指導すればよいか。

近年のマネジメントは、コーチング的な手法に大きく振れています。上から下に徹底的に伝えるのではなく、答えは本人の中にあるはずだから、問いかけによって気づかせ、導いてあげる——そうした方向です。

しかし、コーチングが有効なのは、できないことについて本人が反省していて、自分でも悩んでいる場合です。できていないこと自体の認識がない人、あるいは自分は悪くないと考えている人に対して、「なんでできないんだろうね」と問いかけても、「できてますけど」と返されて終わりです。

直截的に指摘することと、パワーハラスメントとは全く別の話です。人格を否定しているわけではなく、仕事のやり方について、当社の基準に合わないところを具体的に伝えているだけです。それをはっきり言えばよい。はっきり言うことイコールパワハラだという短絡的な認識が広がっている現状は、むしろ問題を深刻化させています。

「向き合う」は保護モデルの対極にある

学会での合理的配慮に関する議論で印象的だったのは、保護モデルと人権モデルの違いです。

保護モデルとは、障害者(あるいは傷病者)は保護してあげなければならない存在であるという前提に立つ考え方です。一見すると温かい対応に見えますが、その実態は、権利を十分に認めないことと表裏一体です。保護してあげる側が一方的に制約を加えている——権利能力が一部制限されていることが前提になるのです。

一方、人権モデルは、障害者を権利の主体として認めるという立場です。権利の主体であるということは、権利に伴う義務も生じるということです。社会の一員として、果たすべき役割がある。

この区分は、傷病休職者への対応にもそのまま当てはまります。ハードルを下げて復職させてあげる、あまり無理しないでねと声をかける——これは保護モデルの発想です。一方、正面から業務上の課題を指摘し、改善を求める——これは人権モデルの発想であり、相手を対等な主体として扱うということです。

保護モデルの延長で対応を考えている限り、「向き合う」ことはできません。向き合うとは、問題を正面から指摘し、改善を求め、それでもダメなら就業規則に基づいて対応するということです。一旦採用した人を辞めさせないということだけの保護モデルではなく、正面から向き合うという人権モデルの発想が、労務管理の場面でも求められています。

指摘すれば解決することがある

最後に、実務上の重要な経験則を共有しておきます。正面から問題を指摘すると、意外なほど解決に向かうケースがあるということです。

「そっちがそこまで言うなら、こっちも言わせてもらう」——シナリオに基づいて会社としての指摘を行うと、本人が本音を言い出すことがあります。会社がちゃんと評価してくれないから遅刻してもいいと思っていた、体調不良を引き合いに出して多めに見てもらっていた——そうした正当化の構造が明るみに出ます。

それに対して「それはそれ、これはこれ。ルールが別だから」と毅然と伝え、会社として守るべきことを守る姿勢を見せる。すると、本人も「言っても仕方がない。必要なことがあったら言おう」という落としどころに行き着く。いがみ合っていた者同士が殴り合った後に握手するようなもので、正面からぶつかることで初めて関係が前に進むということは、実務上少なくありません。

問題を正面から指摘しないまま回避し続ける方が、かえって反発やこじれを招きやすいのです。


まとめ

業務遂行に問題のある社員への対応が保健師に持ち込まれる背景には、「病気モデル」に逃げ込みたいという構造があります。しかし、病気モデルは本質的な解決にはつながりません。

保健師の役割は、「病気かどうかはひとまず置いて、業務上の問題として対応を考えましょう」と思考停止を解除し、上司・人事・保健師のチーム対応に持っていくことです。二段構えの療養導入で上司の負荷を下げ、関係者間で順番に対応を回しながら一つずつ問題を解決していく。押し付け合いで受け皿をなくすのではなく、止めずに回し続けることが、チーム対応の実態です。

本人に対しては、説得ではなく説明を。多義的な比喩ではなく、解釈の幅が生まれない形式的な伝え方を。復帰準備が進まなければ、具体的なギャップを示す予備面接を。そしてコーチング的な問いかけではなく、必要な場面では直截的な指摘を。

正面から向き合うことは、保護モデルの対極にあります。相手を権利の主体として認め、対等に扱うからこそ、問題を指摘し改善を求めることができるのです。