高尾メソッドの誤用を考える|「楽になるツール」という危険な誤解

「高尾メソッドを使えば、メンタルヘルス対応が楽になる」。もしそう思っているのだとすれば、それは誤解です。

本来、頭を使って考え抜かなければならない場面で、メソッドを「正解を教えてくれるAI」のように扱ってしまう。これは誤用であり、場合によっては従業員に深刻な不利益をもたらしかねません。

本記事は「復職名人が読む三手先」第81回の内容をもとに構成しました。

「メソッドを使えば楽になる」はなぜ危険か

メソッドの主語は法人

まず重要なポイントとして、高尾メソッドのユーザーは法人であり、産業医ではありません。 

法人には実態がないので、結果的に総務・人事の担当者がメソッドの実務上の担い手になります。連載が産業医向けの専門誌に掲載されていたため、産業医を意識した書きぶりになっている部分はあります。しかし、メソッドそのものを使う主体は、あくまで法人=使用者側です。そのため、「私は高尾メソッドは使っていません」という産業医の先生の言葉には、非常に違和感を覚えます。

やるべきことが明確になるだけ

この点を踏まえたうえで、「楽になる」という認識がなぜ危険なのかを考えてみましょう。

一番端的な誤用の例が、「これは人事の仕事ですから」と言い切ってしまうことです。
 メソッドは確かに、産業医と人事の役割を整理します。しかし、それは産業医が人事に丸投げしてよいという意味ではありません。人事がどう対応すべきかを一緒に考えること、いわば健康管理コンサルタントとしての役割こそが、本来産業医に求められているのです。

たとえば休職期間満了の場面を想像してみてください。産業医が「就業規則に自動退職と書いてあります。あとは人事が対応してください。以上」と言い放ったらどうなるでしょうか。結論としてはそうかもしれません。しかし、そこに至るまでの関係者全員の納得のプロセスを飛ばしてしまっては、メソッドを使う意味がありません。

要するに、メソッドで「楽になる」のではなく、メソッドで「やるべきことが明確になる」のです。 やるべきことが明確になったからといって、それを実行するのが簡単になるわけではない。ここを取り違えると、メソッドは単なる「切り捨てのツール」に堕してしまいます。

結論を知ることと、結論に至るプロセスは別物

上述のように、メソッドの特徴の一つに、やるべきこと、結論が比較的明快に出るということがあります。二つの健康管理を区別し、大原則・三原則に照らせば、方向性はかなりはっきりします。これは間違いありません。
 しかし、ここに落とし穴がある。結論が見えたからといって、現実の場面で一足飛びにそこへたどり着けるわけではないのです。

私自身も、後輩から「書式はありますか」と聞かれたエピソードがあります。書式を使えば確かに早い。しかしその背後には、「正解がどこかにある」という前提が透けて見えます。現実には正解などなく、あるのは「おすすめ」です。ちゃんと考えて出した答えであれば、たとえ私たちの考えと多少異なっていても、大外しすることはまずありません。

この「正解を求める姿勢」は、メソッドの誤用と深く結びついています。メソッドが正解をバッと出しているように見えると、考えるプロセスそのものが省略されてしまう。タイパ・コスパの時代だからこそ、この傾向は強まりやすいのではないでしょうか。

法人の方向性と、現場のプロセス

関係者がそれぞれの役割で負担を引き受ける

復職支援のプロセスは、関係者がそれぞれの役割において相応の負担を引き受けながら、一段ずつ前へ進んでいく営みです。今回は法人が就業規則を整備する番、次は上司が現場で対応する番、その次は本人が約束を果たす番。それぞれが自分の責任において、しんどくても階段を上がっていく。

メソッドを誤用すると、このプロセスを飛ばしてしまいます。ゴールを指さして「こっちです」と言うだけで、一緒にそこまでの道筋を考えることをしない。あるいは、本人だけにすべての負担を押しつける。これは瞬間移動であって、復職支援ではありません。

逆に、メソッドなしで楽な方に流れるとどうなるか。水が低きに流れるように、関係者全員が「一番楽な選択肢」を取り続けます。本人の希望という大義名分のもとに、本質的な問題から目をそらし続ける。その行き着く先は、会社と従業員の信頼関係が修復不能なまでに破綻した状態、つまり、もっとも避けたかったはずの結末です。

メソッドが示す方向は、この「楽な方への流れ」に逆らうものです。だからこそ、受け入れがたい場面も出てくる。しかし、後退しないように一歩ずつ進んでいくことが、結果的に全員の利益になるのです。

法人はゴールを示すことしかできない

ここでもう一つ重要な整理があります。

法人は、実態のない存在として、ゴールの方向を示す役割を担います。 これがないと、全員が迷宮に入り込んでしまう。「こちらが目指すべき方向です」と示すこと自体は必要であり、正しいのです。

しかし、実際にそこへ向かうのは血の通った人間たちです。法人の冷徹な方向性と、関係者一人ひとりの感情や事情とのあいだに、必ず乖離が生じます。

今まで会社側の対応が不十分だったツケは、誰が払うのか。メソッドに従って一直線に「あるべき姿」へ向かえば、そのツケを一方的に従業員が背負うことになりかねません。だからこそ、少し遠回りしながら、関係者が納得できるペースで軌道修正していくという実務上のプロセスが不可欠です。

私たちは実際の支援場面で、企業にも相応の負担を求めています。休職期間満了直前の仕切り直しでは、もう一度休職をゼロからリセットしてやり直すこともあります。「このまま辞めさせていいですよね」と聞かれれば、「いやいや、そうではないでしょう」と返す場面もあるのです。

平たく言えば、企業にもちゃんと負担を負わせ、本人が納得できる対応をしていくバランス感覚こそが、メソッドの実務運用の核心です。この部分は、これまで十分に言語化して伝えてこなかったかもしれません。しかし、冷たいルールを温かく運用するためには、この視点が欠かせないのです。

「考えるプロセス」こそがメソッドの本質

私たちがメソッドを通じて伝えたいのは、結論ではなく考え方です。

たとえば将来、休職制度に関する法律が大きく変わったとしましょう。「主治医の意見をオープンに聞かなければならない」という法律ができたとしても、考えることに慣れていれば、その新しいルールをどう実務に落とし込むか、自分たちで答えを出せるはずです。

枝葉や結論だけを覚えていても、前提が変われば使い物になりません。原理原則から考える力があれば、どんな変化にも対応できます。 これがメソッドの本質です。

ビジネスの古典を読むとき、書かれている結論をそのまま暗記しても意味がないでしょう。なぜその結論に至ったのか、その思考プロセスをたどり、現在の状況に当てはめて考えることにこそ価値がある。メソッドも同じです。

「ケースバイケース」は知識の蓄積を放棄している

「復職支援はケースバイケースだ」という言葉は、一見もっともらしく聞こえます。しかし、よく考えてみてください。ケースバイケースとは、過去の経験の蓄積を放棄することと等しいのではないでしょうか。

通ずる理屈がないと言っているに等しい。「困ったら私に相談しなさい」と言うしかなくなる。これでは他者の経験を共有して前に進んでいくことができません。

メソッドが目指しているのは、復職支援を体系化することです。自分の経験だけでなく、他者の経験も同じように血となり肉となるような蓄積の仕組みを作ること。後から来る人が、先人よりも少ない時間と労力で同じ到達点に立てるような言語化を行うこと。

もちろんメソッドにも発展途上の部分はあります。将来、現時点の到達点が否定される場面もあるかもしれません。しかし、過去の自分を否定できることこそが、科学に一歩でも近づくための約束ごとです。「詰めきれていない部分があるからといって、行き当たりばったりでやるのと同じだというのは極論だ」というのは、まさにこの指摘の通りです。

原理原則への立ち返りを習慣にする

では、メソッドの誤用を防ぐために、実務上どのようなことを意識すればよいのでしょうか。

大原則・三原則・二つの健康管理に立ち返って考える。これに尽きます。

困難な事例に直面したとき、答えを探しに行くのではなく、まず原理原則を確認する。業務的健康管理と医療的健康管理を区別できているか。大原則に照らしてどうか。三原則のどれが問題になっているか。このステップを踏むだけで、大きく外れることはまずなくなります。

私たちの経験からも、二つの健康管理を正しく区別したうえで考え抜かれた対応は、たとえ私たちの見解と多少異なっていても、「それもありだ」と思えるものがほとんどです。逆に、二つの健康管理の区別が曖昧なまま出された対応は、かなり手前の時点で違和感を覚えることが多い。

ちゃんと考えて答えを出すこと自体が、しっかりした対応の核心なのです。

高尾メソッドは「メソッド」ではない

最後に、私たちがたどり着いた一つの表現を共有させてください。

高尾メソッドは、メソッドではありません。

「メソッド」という言葉が与える印象、つまり手順書やマニュアルといったイメージとは、本質的に異なるものです。高尾メソッドは考え方のフレームワークであり、答えを出すための道具ではなく、正しい問いを立て、関係者がそれぞれの立場で考え抜くためのよりどころです。

面接シナリオも、二つの健康管理も、大原則・三原則も、すべてはその「考える営み」を支えるためのものです。丸暗記しても使い物にはなりません。なぜその原則が導かれたのかを理解し、目の前の事例に当てはめて考えるプロセスを経てはじめて、実務に活きるものになります。

復職支援の現場で困っている方へ──メソッドに「正解」を求めるのではなく、原理原則に立ち返って、関係者とそれぞれの役割のなかで考えてみてください。 結論だけを見れば遠回りに感じるかもしれません。しかし、その遠回りのプロセスこそが、全員の納得を生み、持続可能な復職支援を実現する道なのです。