理論・解説

メンタルヘルス不調と懲戒処分

就業上の問題が発生している事例の療養導入の際には、健康上の問題があるから療養に専念させるか、健康上の問題はないにもかかわらず就業上の問題が発生しているのだから、懲戒処分を検討するか、という二択で整理することを説明してきました 。

しかしながら、こうした考え方に対して、日本ヒューレット・パッカード事件(以下、日本HP事件)から、メンタルヘルス不調者に対する懲戒処分に消極的なケースが少なくありません。

懲戒処分とは

企業における制裁罰

懲戒処分と聞くと、懲戒解雇を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、上記の対応の中でも、決して懲戒解雇を想定しているわけではありません。

そもそも懲戒処分は、企業の秩序を維持するために行う、制裁罰です。そしてその内容は、あらかじめ就業規則に明記したうえで、その内容に沿って実施する必要があります(手順通りに行わない場合などは、懲戒処分が無効となることもある)。

一般社会における、刑事罰をイメージすると分かりやすいかもしれません。あらかじめ法律で、何が犯罪なのか定めておく必要がありますし、有罪の場合も適切な手続きを踏むことが求められます。

懲戒処分には種類がある

懲戒処分には、懲戒解雇以外にも、出勤停止、減給、そしてけん責(始末書を提出させて将来を戒める)や戒告(厳重注意を言い渡す)などの処分があります。

ここで重要な点は、何らかの問題行動に対して、その行動の重さに応じた処分をしなければならないということです。よくたとえに出すのは、「万引きや窃盗をいくら繰り返しても、死刑にはならない」という刑法上の考え方です。

これと同じく、いくら勤怠の乱れを繰り返したとしても、それをもって懲戒解雇はできません。勤怠の乱れに対する、相応の処分ということで、一般的にはけん責・戒告処分程度が相当であると考えられます。

メンタルヘルス不調が疑われる場合の懲戒処分

病気の人を懲戒処分しても良いのか

メンタル不調が疑われる従業員は、遅刻や欠勤など勤怠が乱れや、職場の風紀秩序を乱す行為(例えば、同僚に対する暴言や、職場内での乱暴な行為、上司の指示にしたがわないなど)がよくあります。これは就業規則違反であり、懲戒処分の対象となる行為です。

とはいえ、メンタル不調が疑われる従業員に対して懲戒処分をすること、あるいは処分を行う「可能性」に言及することに抵抗があるかもしれません。確かに、懲戒処分は上述の通り制裁罰であり、「病気の人を罰して良いのか?」という印象があることも理解できます。

しかしながら、就業規則を改めて読んでみれば、そうした抵抗感を抱く根拠がないことが分かります。要するに、就業規則には、「病気が背景にあった場合、遅刻や早退・欠勤をしても、懲戒処分の対象としない」と書かれているわけではありません。あるいは、「上司の指示に従わなくても、周囲の就業環境を乱しても良い」とも、決して書かれていません。
 そのため、あくまで就業規則に沿って考えると、疾病の有無には関わりなく、就業上の問題は許容されないし、処分を免れるわけでもないのです。また本人に対して、ルールに沿った話をしているだけですから、不当な話をしているなんてことはなく、むしろ当たり前のことを確認しているだけだと考えても良いのではないでしょうか。

重要なのは会社からのメッセージ

勤怠の乱れや、職場の風紀秩序を乱す行為に対する処分としては、一般的にはけん責・戒告処分程度であり、かつそれで十分だと考えます。もちろん、初回はその手前の、口頭や文書での「厳重注意」(懲戒処分ではない)で済ませることもあるでしょう。

そもそも、相談事例の多くは、就業上の問題に対して、指摘や注意指導をしていません。会社側としては、そこまで言わなくても分かっているはずだと考えているのでしょうか。しかし本人はこれを、「病気を理解して、配慮してくれている」、すなわち「それでいいんだ」と誤解していることが少なくありません。こうした背景もあるためか、懲戒処分について具体的に言及した場合はもちろん、上司から問題点を指摘するだけでも、事態が著明に改善することが良くあります。本人からすれば、今までの対応とはガラッと変わる印象を受けるのでしょう。

私たちが懲戒処分を持ち出すのは、あくまで療養に専念することを促すためです。実際に処分することを勧めているわけではありません。要するに、「懲戒処分」という文言を本人に使うかどうか、あるいはメンタル不調者に懲戒処分をできるかどうか考えることよりも、「この事態を会社としては問題だと考えている」という核心部分を、本人に対して明確に伝えることの方が、はるかに重要だということです。

最終的には、休職を命じる選択肢も

後で争いになることを恐れるのであれば、懲戒処分を行った際の本人側の不利益と、本人の意に反して命じてでも休ませた際の本人側の不利益を比較して、不利益の程度が少ない選択を取ることも一案です。

繰り返しにはなりますが、今回想定している懲戒処分は、けん責・戒告処分程度であり、不利益の程度はそれほど大きくないでしょう。一方で、それでは改善が見られずに、より厳しい処分を行うのであれば、休職を命じてでも休ませることも選択肢に入ってくるものと考えます。

(参考)日本ヒューレット・パッカード事件(最高裁平成24年4月27日判決)

ご参考までに、日本HP事件がどんな事件だったのか簡単にご紹介しておきます。

精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては、精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから、使用者である上告人としては、その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上、精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば、上告人の就業規則には、必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。)、その診断結果等に応じて、必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり、このような対応を採ることなく、被上告人の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは、精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。

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