第89回|産業保健活動とルール

復職名人が読む三手先
復職名人が読む三手先
第89回|産業保健活動とルール
Loading
/

今回は現地収録にて、産業保健活動とルールについて、議論を深めました。

告知

【リスナーからの声を募集中!】
第100回に向けて、リスナーの皆様からのご意見・ご感想・ご質問を募集しています。いただいたお便りについては、4月に実施予定の100回記念ライブ配信にて、すべて取り上げる予定です!どしどし応募ください。
https://forms.gle/DH7MFRKid5Hj5QW29

【番組へのご意見・ご質問・ご感想はこちら】
https://peing.net/ja/takaomethod

【有料のオンラインサロンをやっています。番組を応援いただける方は、ぜひご加入くださいませ】
https://community.camp-fire.jp/projects/view/307210⁠

近況報告

議論した内容

医療と企業における「ルール」の捉え方の決定的な違い

  • 医療現場におけるルール(保険診療の規定など)は、個人の生命救済という結果のために存在する。そのため、目の前の命を救うためであれば、事後的にルールを曲げること(病名の調整など)も「正義」として許容される文化がある。
  • 企業におけるルール(就業規則など)は、集団の秩序を維持するための「契約・約束」であり、将来に向かって適用されるものである。本来、特定の個人の不利益を回避するためだけに、事後的に曲げてはならない性質を持つ。

人事労務における判断停止と医師への依存

  • 現代の人事は、健康問題やメンタルヘルス不調が絡むと、就業規則上のルール適用を躊躇し、思考停止に陥っている。
  • 「主治医が許可した(例:休職中の温泉旅行)」といった医学的意見や、「健康配慮」という錦の御旗を前にすると、人事は会社のルールよりも医師の意見を優先し、安易な例外措置を認めてしまう。
  • これは、本来「労働契約・労働条件」の問題として処理すべき事案を、医療的な「生命の危機」と同列に扱い、ルール逸脱を正当化している誤った対応である。

安易な「柔軟な運用」が招く組織崩壊のリスク

  • 明確な戦略なしに、個別の救済を目的としてルールの適用を歪めることは、組織全体にモラルハザード(規律の欠如)を蔓延させる。
  • 「あの人は許された」という例外が既成事実化すると、集団の秩序は維持できなくなる。わずか数パーセントの従業員がルール逸脱を行えば、組織全体が崩壊に向かう危険性がある。
  • ルールの柔軟な運用や特例は、本来「生産性が向上する」など企業にとってプラスになる局面で行うべきであり、マイナス要素を持つ事案の救済措置として乱発すべきではない。

制度趣旨への回帰と「努力義務」への警戒

  • 「書いていないから禁止できない」といった形式的な議論ではなく、そのルールが「何のためにあるのか(集団の統制、生産性向上など)」という制度趣旨(大原則)に立ち返って判断するべきである。
  • 国(厚労省)が進める「治療と仕事の両立支援」などの施策は、本来行政が担うべき福祉的役割を企業に転嫁する側面がある。
  • 法律上の「努力義務」であっても、実務上は訴訟リスクなどを背景に強い強制力を持つため、企業は「対話の窓口を開く」程度の義務に留めるなど、自社のリソースと目的に合致した冷静な対応が必要である。

編集後記

高尾
免許取得後ATしか乗ってこなかったのに、35年を経て初MT車!
 うまく乗れるものか(乗れるのは乗れるでしょうが、あまり変速操作が上手にならないかも。。。)不安もありますが、それでも楽しみです。ちなみに、アルファは維持ですので、誤解なきよう。

前園
noteを始めました!https://note.com/sanpo_bengoshi
 メソッドには色んな誤解があるところですが、私たちの考えていることをきちんと理解してもらうためには、色んな手法で、手を替え品を替えて伝え続けていくしかないだろうという思いもあり、ここに至ったものです。
 メインは産業保健と法務・労務ですが、それ以外でも、お役に立てる記事を書いていくつもりです。ぜひ気軽にフォロー、メンバーシップ登録してください。


編集しながらあとで気づきましたが、労働契約は、会社と労働者という当事者間の契約であるのに対して、保険制度は、医療機関に制約を設ける、医療保険制度のルールであって、医者と患者という医療契約においては、文字通り最善を尽くすという、ある種契約を守った対応をしている(つもりである)、すなわちどちらも契約は守っていると言えそうです(会社も、労働法を守らなかったりしますし・・・)。
 むしろ、会社と労働者(集団)の約束事があるのに、担当者個人と労働者個人の間で勝手に守らないという約束違反を、医療契約を守るときのように当然のように行なっていることの方が、問題の本質なのかもしれません。