こちらでは、復職名人の要である「大原則と三原則」を解説します。
【 大原則 】職場は働く場所である
メンタルヘルス不調者対応のみならず、職場の健康管理全般において、この大原則は非常に重要です。
一見当たり前のことを言っているようですが、お悩みの事例を冷静に考え直してみると、この原則から外れた対応をしていないでしょうか。
職場は働く場所であって、治療の場所ではない
困った事例を振り返ってみると、職場が治療やリハビリの場所になっていないでしょうか。
具体的には、通常通り働くことができないけれど、働きながら徐々に良くなれば良いと安易に考えて、軽減勤務を認めていないでしょうか。
職場はあくまで通常勤務をすることが前提の場です。
通常勤務とは
よく、「来た日は仕事をしている」=仕事ができている、と考える人がいますが、それは間違いです。
より厳密に、ここで言う「通常勤務」とは、完全な労務提供ができていること、であり、具体的には下記のとおり定めています。
- 業務が出来ている
業務効率・質・生産性に問題なく求められる水準を満たしている - 就業規則を守っている
就業態度や勤怠について、就業規則に違反することがない - 「健康上の問題」はないし、業務遂行(継続)によって「健康上の問題」は生じない
健康上の問題により就業に支障が出ることはないし、就業したことを理由として健康上の問題が悪化する可能性は、最小化されている
これらの状態が全て満たされていることを指します。来た日は仕事をしている、という状態は、来る日と来ない日があるということであって、それは就業規則あるいは労働契約を守っている状態とは言えません。
【 三原則 】
第一原則|通常勤務に支障があるかどうかで判断する
ついつい、病名や病状に目がいってしまいがちですが、病気に関することを人事担当者が判断することは難しいでしょう。そのため、通常勤務に支障があるかどうかをとらえます。
言い換えれば、病気かどうか、病名はなにか、病状が重いか、そういったことに基づいて、対応方法を決めるということはしません。
判断は役割分担をする
通常勤務に支障があるかどうかを判断する際には、それぞれ担当を分けています。
- 業務面|質・量的な面について上司が判断
- 勤怠面|就業規則に基づき人事が判断
- 健康面|健康上の問題について医師が判断
3は少し分かりにくいですが、本来求められる業務を行ってもらう場合に、健康上の問題が増悪する可能性があるかないかを医師に問う(=ドクターストップするかどうか)ということです。
このようにそれぞれの立場から適切な判断を行うことが大切です。例えば、「上司が部下の顔色から病状を判断する」といったことは必要ありません。
またこれら全てをラインケアの名のもとに上司に押し付けてはいけません。それぞれがそれぞれの役割を適切に果たしつつ、責任を持って判断することが、問題解決の近道と言えましょう。
会社にとって重要なのは、病気そのものではなく、業務への支障
例えば上司に、
- ラインケアとして、部下の顔色を気にかけるように指示している
- 病気が重いか軽いかによって対応を変えさせている
- うつや適応障害など、病気の特徴を覚えさようとしてている
このような対応を取っていませんか?
ここで改めて考えてみると、会社にとっての問題は、病気そのものではなく、業務に支障があることであるはずです。
そのため、復職名人では、この業務に支障があるかどうか、という点を重視して対応しています。
最近は、「働けているかどうか」で判断するということは随分浸透してきたようにも思えます。しかし、通常勤務できているかどうか、より厳密にいえば、労働契約の債務の本旨に沿った労務提供ができているかどうかまで、意識できているでしょうか。
第二原則|通常勤務に支障があるのであれば療養するしかない
第二原則は、第一原則で、上司・人事・主治医もしくは産業医のだれか一人でも通常勤務に支障があると判断した場合、最終的には療養導入、あるいは復職判定の場では復帰延期とするしかない、という原則です。
よく誤解されがちですが、私傷病は通常勤務できないことの理由にはなりません。
病気があると、なんとなく仕方がないと思いがちです。
しかしながら、例えば「私は右腕を怪我しているので、遅刻を認めてください」という主張が認められるでしょうか。「私は薬を飲んでいて朝眠気が強いので、遅刻を認めてください」という主張はこれと何が異なるのでしょうか。
むしろ、たび重なる勤怠の乱れは懲戒処分の対象にすら該当する可能性があります。
一方で、私傷病により通常勤務できないということであれば、当然私傷病欠勤や私傷病休職の事由としては認められるでしょう。
よって、通常勤務ができない、その背景に私傷病がある、ということであれば、欠勤や休職等で療養するしかない、と考えます。
関係者全員が共通認識として持つことが何より重要
よくある困難事例に、人事・産業医は療養が必要と決断している状況にもかかわらず、上司だけが「うちの部署で面倒を見る!勤務時間の短縮や業務の軽減を行う!」と言って、療養導入に賛同していない例があります。
しかし精神疾患の治療は、専門の医師が、専門的な判断の基で適切な投薬も行い、場合によっては入院させて(=本人への負荷を0にする)、ようやく数ヶ月から数年単位で、寛解と増悪を繰り返しつつ徐々に良くなっていく、という非常に困難なものです。
それを、職場で働きながら良くしようということはかなり難しい対応です。少なくとも、通常勤務を求めながらできることではありません。
誰かが療養導入に賛同していないと、療養導入をさせようとしている人が、まるで悪者のようになってしまいます。それを防ぐためにも、通常勤務に支障があれば休ませるしかない、という考えを、関係者全員の共通認識として持つようにしましょう。
安全配慮義務上もリスクがある
業務に支障があることを認識していながら、中途半端に就業を継続させることは、安全配慮義務における、予見可能性を高め、安全配慮義務の範囲が拡大する対応に他なりません。
つまり、会社にとって、大きなリスクを抱えた対応と言えます。

第三原則|就業配慮は極めて限定的に行う
就業に支障があるからと言って、直ちに療養に専念させることは難しいでしょう。そのため、一時的に就業上の配慮を行うケースは避けられないかと思います。
一方で、就業継続を前提とした配慮は運用が非常に難しいです。また、安全配慮義務上大きな問題を抱えることにもつながります。
そのため、もし実施するのであれば、期限を区切り、一度限り行うべきで、さらに回復しないのであれば療養に入るという条件のもとで行いますが、厳密に考えるべきです。
配慮の内容は限定的
配慮の内容としては、原則「時間外労働の制限と、通院への配慮のみ」としています。勤務時間の短縮や、業務内容の軽減は行いません。それ以上の配慮を行うことは、通常勤務できている状態とは言えません。
配慮を行う条件
配慮を行う条件として、
- 一時的(数週間)、有限回数(1回のみ)とすること
- 「健康上の問題」が改善一方向であるという共通認識
- 主治医・産業医がドクターストップしないこと
の3つを定めています。これらすべてが満たされる場合に限り、配慮付き通常勤務を行います。
特に1が一番重要です。これをあらかじめ条件として定め、関係者全員の共通認識としてから実施しましょう。
具体的な流れ
まず、通常勤務に支障があると認められた場合に、一度に限り短期間だけ、決められた配慮を行います。
その際に、こうした配慮を行っても、通常勤務に支障があるという問題が解決しなければ、第二原則に基づき療養させる、ということをあらかじめ本人・ご家族に伝えておきます。
実際に配慮付き通常勤務を実施し、問題が解決すれば一件落着となりますが、そうならなかった場合は、約束した通り療養してもらいます。
現場任せではやらない
ただ、いずれにせよ難しい対応となりますので、第三原則の判断は、決して現場レベルで決定させず、人事がきちんと関与して対応・決定することが重要です。
また、勝手に安請け合いしがちな、役員レベルにも共通認識をもっていただくことが重要です。少なくとも、「この件は現場でしっかり対応しているから、本人が何か言ってきても対応せず、私たちに一任してほしい」ということは伝えておくべきでしょう。