理論・解説

安全配慮義務の考え方

メンタルヘルス不調者対応において、「安全配慮義務」について大きな誤解が生じています。
 具体的には、「安全配慮義務を履行しよう」として、主治医の意見や本人の要望に従って、異動や軽減勤務、特定の業務免除などを行っているのではないでしょうか。

しかし、これは安全配慮義務に対する大きな誤解に基づいた対応と言わざるを得ません。それどころか、むしろ安全配慮義務を不用意に拡大してしまっているリスクの高い対応と言えます。

安全配慮義務違反の成立要件

まず初めに、安全配慮義務違反の要件について整理しておきます。

安全配慮義務違反は次の二点から判断されます。

  1. 業務と怪我・病気・死亡の間に相当な因果関係が認められること
  2. 結果の発生が使用者の過失に基づくものであること

そして、使用者に過失があるかどうかは、次の二段階で考えます。

  • 第一段階|予見可能性の有無=結果発生を予見できる可能性があったか
  • 第二段階|結果回避義務の有無=通常の努力によって、結果を回避することが可能であったか

つまり、結果を予見できたと判断されると結果回避義務が生じ、人の通常の努力によって、結果を回避することができたにもかかわらず、その義務を果たさなかったということであれば、使用者に過失があったと判断されます。

相当因果関係とは

まずは、一点目の相当因果関係を確認します。

相当因果関係とは、法律用語で、「数多くある因果関係の中で、結果の蓋然性を高める因果関係」を言います。
 要するに、単なる因果関係、「AがあったからBが起きた」というだけでは済まされず、「Aがあったら通常Bという結果が生じる」と言えるような関係のことを指します。

実務面では、メンタル関係の安全配慮義務に関して、裁判例を見ていると、原因の半分以上を業務が占める場合に、相当因果関係が認められるというイメージが近いように思います。
 つまり、他の有力な要因があった場合は、相当因果関係は否定される可能性が高くなりますが、逆にいえばそのような要因がないかぎり、業務の相当因果関係が認められる傾向にあるとも思われます。

労災認定上の因果関係

ここで、少し論点を変えて、精神疾患の労災認定について考えたいと思います。

労災認定において、「業務上災害」が認められるためには、「業務起因性」が認められねばならず、その前提条件として、「業務遂行性」が認められなければなりません(安全配慮義務とは全く違った認定要件であることに注意が必要です)。

業務起因性とは業務が原因となったということであり、業務と傷病等の間に一定の因果関係があることをいいます。
 一定の因果関係と、相当の因果関係は、理論的には、別々の概念ですから、上述の「相当因果関係」と「業務起因性」は、当然、別々に判断されるべきものです。

実際の場面では、安全配慮義務違反による損害賠償請求の前に、労災の認定が行われていることが多いのですが、その際には、「精神疾患の労災認定」基準に従って判定されます。
 まず、業務による強い心理的負荷があったかどうかについて、ある意味、事務的に「別表1 業務による心理的負荷評価表」にあてはめて判断されます。
 続いて、その他の要因によって説明されるものではないことを確認します。業務「外」の心理的負荷に「強」に該当する出来事がなければ考慮の対象になりません。また、個体側の要因についても既往歴やアルコール依存状況がなければ認められにくいものです。

さらに、労災認定には、会社側の過失を要件としない(被災者保護のための無過失責任主義)ことにも、留意する必要があります。
 平たくいえば、心理的負荷「強」があれば、会社の過失の有無に関わらず、労災認定は容易には避けがたいものである、ということです。

過重労働やハラスメントは絶対に無くさないといけない

上述の通り、労災認定の業務起因性と安全配慮義務における相当因果関係は、本来別々の概念です。ところがそれにも関わらず、業務起因性が認められたことをもって、相当因果関係があることを前提とした議論がスタートしてしまう可能性がある、という点には注意が必要です。
 そのため、まずは業務起因性を成立させないために、認定基準にあるような過重労働やハラスメントは絶対に無くす必要があります(これは労災云々に関係なく無くす必要があります)。

しかし、例えば、異動により仕事内容に大きな変化が生じた(中)とこれに加えて、36協定の特別条項範囲内で、休日出勤を行い、12日間連続勤務を行った(中)としましょう。これらの行為は全く適法であるにもかかわらず、中+中で強と判断される可能性があります。

そのため、安全配慮義務の二つ目の論点である、過失の有無の部分でも十分に対策しておかなければいけません。

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