理論・解説

使用者の過失有無の判断

安全配慮義務における使用者の過失について検討する上で、一つの裁判例を考えたいと思います。過労自殺に関して争われた、「電通事件」(最二小判平成12年3月24日)です。
(余談ですが、当該電通事件では「不法行為」で争われたもので、直接、安全配慮義務を取り扱ったわけではありません。しかしながら、「(注意義務違反としての)不法行為責任なのか安全配慮義務違反としての債務不履行責任なのかという理論的問題については、議論の余地はあるとしても、労働契約の実態の中で、どうあるべきかを考えていくことこそが問題なので、あって、民法の条文の解釈如何が結論を左右するといった問題とは思われない」(最高裁重要労働判例、高井伸夫ほか、経営書院、2010、pp60-76)と千種弁護士が指摘しているように、一般的には「安全配慮義務」の考え方の参考にして差し支えないと考えられています)

予見可能性の成立

長時間労働をしていた社員が、(うつ病を発症し、その後)自殺した事件で、会社の過失が争われました。判決文では次のように予見可能性の成立が認められています。

労働者に何らかの健康状態悪化を知らせる徴候が生じ、上司ら周囲のものがそれに気づいた(あるいは通常の注意を払えば気づくことができた)時点から、使用者に対し、それ以上、健康状態を悪化させないための措置(業務量の調整等)をとることが法的に義務づけられると考えるのが正しいと考える。

(中略)

途中から本人が心身の不調を訴えていた、あるいは周囲からみて疲弊ないし消耗した状態が見受けられていたにもかかわらず、会社の方で休養をとらせなかった、あるいは支援体制を組んで本人の業務量を調整するなどの措置をとらなかった場合には、安全配慮義務違反を問われても致し方ないといえよう。

第一東京弁護士会労働法制委員会(編)メンタル疾患の労災認定と企業責任」p.372-376,労働調査会,2013.

これらを参照すれば、要するに、

  • 本人から心身の不調の訴えがあった
  • 周囲から見て疲弊している状態が見受けられた

という事象から、予見可能性が成立したと判断されたと言っていいのではないでしょうか。そして、

  • 休養をとらせなかった
  • 支援体制を組んで業務量を調整しなかった

ことをもって、結果回避義務を適切に履行していないとして、会社側の過失が認められたということになりましょう。

予見可能性は成立しやすい

しかし、現実の場面での対応が難しいのは、重大な結果が起きた後から振り返ってみれば、「ため息を付いていることがあった」「顔色が悪そうだった」など、周囲から見て疲弊している状態として思い当たる事象が見つかることは当然に想定されるわけです。
 そのために「後から」さかのぼって、予見可能性が成立することになりやすいという点でしょう。

さらに他の裁判例にでは、「長時間労働により心身の健康を損なうことは周知のところであり、そのような勤務の実態を認識し得たのであれば、予見可能性は成立する」と判断されたものもあります(山田製作所(うつ病自殺)事件 福岡高判平19.10.25)。
 会社が勤務実態を認識していないことは、ありえないと言えるので、予見可能性については、相当厳しめに判断されると考えて、対応しておく必要があるでしょう。

結果回避義務の履行のために

こうした背景により、いよいよ重要になってくるのが、結果回避義務をいかに履行するかという点です。

本来、安全配慮義務は手段債務であり、結果を保証する結果債務ではないはずです。しかし、結果回避義務を尽くしていたかどうかは判断が難しく、実際の裁判においては、結果回避義務は、「後から振り返ると、その配慮では不十分であった」と判断されて、結果回避義務が不履行となる傾向にあります。

つまり、これまで見てきたとおり、結果回避義務履行のためには「大幅な業務軽減」あるいは「休養させること」が求められますが、実際に会社が考える「大幅な業務軽減」を行ったとしても、結局、後で病状の増悪や自殺があった場合には、「もっと大幅な業務軽減が必要だった(にも関わらず不十分な配慮しかしていなかった)」と判断されてしまう可能性があります。
 その配慮が、十分な配慮だったかどうかは、後になってみないとわからないため、必要十分な配慮”を前向きに実施することは、かなり難しいでしょう(不可能と言うべきかもしれません)。
 ましてや何らかの業務上の配慮が必要だと認識していた事自体が、さらに予見可能性を高めることに繋がり、安全配慮義務の範囲が拡大することに繋がりかねません。

そのため、結論としては、結果回避義務を真剣に履行するためには、休ませる=会社の裁量として行いうる最大の業務軽減といえますので、就業に支障があった時点で速やかに休ませることを前提として対応を進めていくしかありません。

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