メンタルヘルス不調者対応における安全配慮義務

メンタルヘルス不調者対応に関する法的紛争において、安全配慮義務は主要争点の一つです。しかしながら、安全配慮義務はよく誤解されがちな概念で、事例相談などを受けると、安全配慮義務上の重大なリスクが生じていることがよくあります。

会社側担当者や産業保健スタッフとして知っておくべき知識をまとめました。

安全配慮義務の基礎知識

条文の確認

労働契約法第5条には、次のように規定されています。

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

この条文を文字通り捉えると、「日々の業務の中で、労働者の健康状態に支障を来さないように配慮する義務」と読めてしまいます。すると、どんどん配慮しなければならない、もっと配慮しなければならない、という方向に際限なく進んでしまいます。

ここに、安全配慮義務に関する誤解の出発点があります。

安全配慮義務違反の成立要件

続いて、安全配慮義務違反がどのような場合に成立するのか、法的な要件を整理しておきます。安全配慮義務違反は次の二点から判断されます。

  1. 業務と怪我・病気・死亡の間に相当な因果関係が認められること
  2. 結果の発生が使用者の過失に基づくものであること

そして、使用者に過失があるかどうかは、予見可能性(結果発生を予見できる可能性があったか)と結果回避義務(通常の努力によって結果を回避することが可能であったか)の二段階で考えます。

相当因果関係とは

相当因果関係とは、法律用語で、「数多くある因果関係の中で、結果の蓋然性を高める因果関係」を言います。単なる因果関係、「AがあったからBが起きた」というだけでは済まされず、「Aがあったら通常Bという結果が生じる」と言えるような関係のことを指します。

実務面では、メンタル関係の安全配慮義務に関して、裁判例を見ていると、原因の半分以上を業務が占める場合に相当因果関係が認められるというイメージが近いように思います。つまり、他の有力な要因があった場合は相当因果関係は否定される可能性が高くなりますが、逆にいえばそのような要因がないかぎり、業務の相当因果関係が認められる傾向にあるとも思われます。

手段債務であって結果債務ではない

もう一つ重要な点があります。安全配慮義務は、手段債務であって結果債務ではありません。 
 要するに、本来は結界を約束している義務ではなく、最善を尽くすことを約束している義務なのです。

労働法の教科書にも、安全配慮義務について次のような趣旨の記述があります。「労働者の職場における安全と健康を確保するために十分な配慮をなす債務ではあるが、安全と健康そのものを請け負う結果債務ではなく、その目標のために諸々の措置・手段を講ずる債務にとどまるのである」と。

つまり安全配慮義務の文脈で考えると、「労働者の健康を害さないという結果」を保証する義務ではなく、そのために適切な措置を講じるという手段を尽くす義務なのです。しかしながら、生命・健康というかけがえのないものを守る義務である以上、どこまでも手段を尽くしていることが求められる構図にあります。

本人の希望を聞くことは安全配慮義務の履行にはならない

安全配慮義務を守るために、本人の希望を聞いて、業務を軽減してでも働かせる、という対応をしがちですが、これは誤解です。このテーマについては、下記で詳しく取り上げています。

その対応が予見可能性を高めていないか

安全配慮義務違反の成立要件を踏まえ、使用者の過失の判断基準となる予見可能性について、まずは詳しく見ていきましょう。

予見可能性を高めないというアプローチ

予見可能性と結果回避義務の2段階構造を理解すると、もう一つのアプローチが見えてきます。それは、予見可能性をむやみに高めないというアプローチです。

予見可能性が低ければ、結果回避義務の程度も低くて済みます。逆に、予見可能性が高まれば高まるほど、結果回避義務も厳しくなり、最終的には休ませるしかないという結論に至ります。

ところが、本人の希望に沿って就業を継続させながら、さまざまな支障を認知しつつ対応を続けるということは、予見可能性を高め続けていることに他なりません。ここに大きな矛盾があります。

情報収集の落とし穴

特に医療職の方に注意していただきたいのが、情報収集が予見可能性を高めてしまうという点です。

臨床の現場では、患者の情報はあればあるほど良いとされます。できるだけ多くの情報を収集し、その中から必要な情報を取捨選択するのが、医療の基本的なアプローチです。

しかし、産業保健の場面でこの感覚をそのまま持ち込むと、問題が生じます。面談でさまざまな情報を収集した結果、前向きには「まだ対応の必要はない」と判断したとしても、後から振り返った時には、「あの時点でこれだけの情報を把握していたのだから、予見可能性があったのではないか」と問われることになるのです。

臨床と産業保健では土俵が異なります。同じやり方が通用するとは限らないという認識を持つことが重要です。

「前向き」の安全配慮義務と「後ろ向き」の安全配慮義務

二つの視点は別物である

安全配慮義務を考える際に、ぜひ意識していただきたいのが、前向き(日々の対応)の視点と、後ろ向き(事後的な評価)の視点は、別物であるということです。

前向きの視点とは、日々の業務の中で安全配慮義務を守っていこうとする姿勢です。後ろ向きの視点とは、何か問題が起きた後に、安全配慮義務違反を問われないようにするための対応です。

一般的には前者に目が向きがちですが、本来やるべきことは、後で振り返った時に安全配慮義務違反だったと言われないための対応を、今するにはどうしたらいいかという後ろ向きの発想から考えることです。

前向きに考えると迷走する

前向きに安全配慮義務を考えると、段階的な対応が正解に見えます。いきなり休ませるのは乱暴だから、まず業務を軽減して、様子を見て、それでもダメなら……と段階を踏もうとします。

これ自体は、手段債務として「頑張っている」ように見えます。しかし、最終的に休ませなければならない事態になった時、この「段階的な対応」の期間中にさまざまな情報を収集してしまっているため、予見可能性を自ら高めてしまうという矛盾が生じます。

医療に例えるならば、予後を良くするためにバッサリと手術をすべき場面において、QOL(生活の質)を意識しすぎて、難しい処置を重ねた結果、かえって悪い結果を招いてしまうようなものです。前向きに「頑張る」ことと、結果として最善の対応をすることが、必ずしも一致しない場合があるのです。

後ろ向きに考えるとシンプルになる

一方で後ろ向きに考えると、判断はシンプルになります。

安全配慮義務の最大の履行とは何か。労働契約に則って考えれば、それは 労務提供を免除すること(=休ませること) に他なりません。労務を提供する場面がなければ、その場面における安全配慮義務も問題になりません。

つまり、後ろ向きに考えれば、健康上の問題を検知した時点で、早めに休ませることが最善の安全配慮義務の履行なのです。

電通事件に見る予見可能性と結果回避義務

予見可能性と結果回避義務がどのように判断されるのか、代表的な裁判例として電通事件(最二小判平成12年3月24日)を確認しておきましょう。長時間労働をしていた社員がうつ病を発症し自殺した事件で、会社の過失が争われました。

この事件では、本人が心身の不調を訴えていたこと、周囲から見て疲弊した状態が見受けられていたことから、予見可能性が成立すると判断されました。そして、その状態を認識し得たにもかかわらず、休養をとらせなかった、業務量を調整しなかったことが、結果回避義務の不履行とされたのです。

ここで注意すべきは、予見可能性は「後から」振り返ると成立しやすいという点です。重大な結果が起きた後で振り返れば、「ため息をついていた」「顔色が悪かった」など、予見の根拠となる事実は容易に見つかります。他の裁判例(山田製作所事件)でも、勤務実態を認識し得たのであれば予見可能性は成立する、と厳しく判断されています。

そして結果回避義務についても、会社が「十分な配慮をした」つもりでも、結果的に病状が悪化すれば、「もっと大幅な業務軽減が必要だった」と判断されてしまう傾向があります。つまり、必要十分な配慮を「前向きに」実施することは極めて困難であり、だからこそ、就業に支障があった時点で速やかに休ませることが、結果回避義務の確実な履行となるのです。

早い履行と遅い履行|リスクの非対称性

早く休ませることのリスクは低い

では、早めに休ませることのリスクはどの程度あるのでしょうか。

早めに休ませた場合に想定されるリスクは、休職命令が権利の濫用であるとして争われることです。しかし、不当な動機ではなく、就業規則に基づく適切な手続きを踏んだ上での判断であれば、休職命令が無効とされるリスクは高くありません。
 また、傷病手当金等により経済的な保障がなされている限り、この点は大きな問題にはなりにくいでしょう。

実際の場面では、家族を交えた面接を行い、本人や家族の理解を得た上で療養に入ってもらうというプロセスを経ていれば、本人自身の手で療養申請をしてもらえるケースがほとんどです。その場合、そもそも妥当性が問題になることすらありません。

遅く休ませることのリスクはコントロール不能

一方で、休ませるのが遅れた場合のリスクは、コントロールが極めて困難です。

遅い履行の結果として、労働者の健康状態が深刻に悪化した場合、安全配慮義務の不履行として責任を問われるリスクが生じます。しかも、その間に予見可能性を高める情報を蓄積してしまっているため、会社側の主張は通りにくくなります。

つまり、早い履行に伴うリスクと、遅い履行に伴うリスクは非対称 です。早い履行のリスクは限定的でコントロール可能である一方、遅い履行のリスクはコントロール不能な重大なものになり得ます。このことを踏まえれば、「少し早いかもしれない」と思うくらいのタイミングで療養に導入する方が、結果的には正解であると言えるでしょう。

気づきの捉え方|業務上の支障で判断する

ここで一つ補足をしておきます。メンタルヘルス対応における「気づき」について、よく挙げられるのは次のようなものです。表情が暗くなった、目を合わせない、声に覇気がない、付き合いが悪くなった、といった変化です。

しかし、これらの変化をもって直ちに療養導入を検討するわけではありません。

私たちが着目するのは、あくまで 業務上の支障 です。遅刻・早退・欠勤が増えた、業務の能率が落ちて納期を守れなくなった、仕事中に居眠りをしている、上司に対して反抗的な態度を取るようになった——こうした、業務に具体的な支障が生じている事実を捉えて対応します。

また、こうした事象が「ある時突然起こるようになった」という変化が重要です。以前からずっと遅刻しているというのであれば、それはメンタルヘルスの問題ではなく、労務管理の問題です。ずっと遅刻しているのに指摘・指導をしてこなかったのであれば、まずそこを改善する必要があります。

安全配慮義務と三原則

ここまで述べてきた安全配慮義務の考え方は、メンタルヘルス対応の三原則と密接に結びついています。

第二原則|通常勤務に支障があれば療養させるしかない

安全配慮義務の考え方から第二原則をみると、通常勤務に支障があるとは、勤怠の乱れや業務遂行に問題があるということであり、すなわち予見可能性がある、と言えます。

そして、予見可能性がある以上、結果回避義務が発生していると考えられるので、結果回避義務を確実に履行するためには、「療養させるしかない」ということになります。

第三原則|配慮付き通常勤務は極めて限定的に行う

通常勤務に支障があった時点で療養させると言っても、一般的に療養が必要であると考えられるタイミングよりも早いため、本人との共通認識が築けず、すぐには療養導入ができないかもしれません。そのため、第三原則で限定的に就業継続を認めることになります。

しかしここで重要なのは、第三原則の適用条件です。一時的(数週間)、有限回数(1回のみ)とすること。期間や回数をあらかじめ決めることなく様子をみながら配慮を続けることは、それ自体が予見可能性を高め、結果回避義務の不履行の実績を自ら作っていることになります。

また、「健康上の問題」が改善一方向であるという共通認識があること、主治医・産業医がドクターストップしないことも必須の条件です。健康上の問題が悪化しつつある認識のもと、あるいは医学的な保証がない中で就業継続を認めることは、安全配慮義務の範囲をさらに拡大させてしまいます。

まずは第二原則に従い、通常勤務に支障がある時点で、基本的には療養が必要だという共通認識を形成すること。配慮付通常勤務にて少し様子を見るのであれば、第三原則を適用して限定的に実施し、問題が解決しない、あるいは悪化するのであれば速やかに療養させること。これが、安全配慮義務を適切に履行するための実務上の基本方針です。

まとめ

安全配慮義務に関する誤解を整理すると、次の3点に集約されます。

まず、安全配慮義務は 手段債務であって結果債務ではない ということ。労働者の健康という結果を保証する義務ではなく、そのために適切な措置を講じる義務です。そして、安全配慮義務は 本人の希望を聞く義務ではない ということ。本人の希望の如何によらず、結果を回避するために適切な措置を講じる義務です。

実務上は、後で振り返った時に安全配慮義務違反だったと言われないための対応を、今から逆算して考えることが重要です。早い履行のリスクは限定的でコントロール可能である一方、遅い履行のリスクはコントロールが困難です。

そして、この考え方は三原則と密接に結びついています。通常勤務に支障があれば療養させる(第二原則)、配慮付き通常勤務は極めて限定的に行う(第三原則)。この方針と手順をあらかじめ決めておき、事業者としてのボトムラインを明確にしておくことが、最善の安全配慮義務の履行であると言えるでしょう。

安全配慮義務に基づいて、メンタル不調の従業員に軽減勤務をさせなければなりませんか?

いいえ、安全配慮義務は不完全な労務提供を受領する義務ではありません。むしろ、不完全な労務提供を受領したにもかかわらず、病状がさらに悪化した場合、配慮不十分と断罪される可能性があります。通常勤務ができない従業員を休ませることこそが、安全配慮義務の適切な履行です。

メンタル不調の従業員を早めに休ませることは、安全配慮義務違反になりませんか?

むしろ逆です。就業に支障がある時点で速やかに休ませることが、結果回避義務の確実な履行になります。就業規則に基づく適切な手続きを踏んだ上での判断であれば、休職命令が無効とされるリスクは低いです。一方、休ませるのが遅れた場合のリスクはコントロール不能な重大なものになり得ます。

主治医の診断書通りに配慮しなければ安全配慮義務違反になりますか?

診断書通りの配慮が安全配慮義務の内容になるわけではありません。安全配慮義務は手段債務であり、適切な措置を講じる義務です。主治医の診断書は参考情報の一つですが、業務面・労務面の判断は会社が行うべきものです。不完全な労務提供を受領して就業を継続させることが、かえって安全配慮義務の範囲を拡大させてしまうリスクがあります。

安全配慮義務の観点から、メンタル不調にはいつの時点で対応すべきですか?

業務上の支障(遅刻・欠勤の増加、業務能率の低下、納期の遅れなど)が生じた時点で対応を開始すべきです。表情の変化など主観的な印象ではなく、具体的な業務上の支障を根拠とします。対応が早いほどリスクは限定的でコントロール可能ですが、遅れるほど予見可能性が蓄積され、結果回避義務の不履行を問われるリスクが高まります。