理論・解説

安全配慮義務の履行と賃金請求権

私たちがお勧めする方法で休職者対応をしていると、おそらく多くの場合は従来よりも療養期間が長くなります。場合によっては、本人は復職を希望していて、主治医もそれを支持している状態で、まだ復職は時期尚早だと判断することもあるかもしれません。

そうした際に、訴えられたりしないのか、心配になる担当者もいらっしゃいます。こうした、復職場面における法的リスクについて、今回は整理したいと思います。

休職・復職場面の法的リスクの整理

労働契約に沿って考えると・・・

いつもお伝えしていることですが、会社と労働者は労働契約を締結しています。そして労働契約において、労働者には労務提供の義務が、会社には賃金を支払う義務があります。重要な点は、労働契約に沿って、労務提供は完全でなければならず、賃金も満額でなければならない点です。

分かりやすく考えるために、労働契約を通常の売買契約に置き換えて考えてみましょう。A社がB社から10万円で部品を10個購入する契約を結んだとします。契約の中には部品の仕様であるとか、納期とかも定められていることでしょう。

その場合に、例えばB社から納入された部品の個数が足りなかったり、欠陥があったり、納期を守れなかったりしたとしても、A社からB社に対して契約通りの対価である10万円を支払う義務があるでしょうか。あるいは、10個中8個は納入されたからといって、それを受け取り8万円を支払う義務があるでしょうか。
 そうした細かいケースについても、契約で定めていた場合には支払う義務が発生するかもしれません。しかしながら、細かいケースを定めていなかった場合、B社からA社に対して「契約通りの納品がなされなかった」という事実だけが残ります。要はB社が約束を守れなかったわけですから、A社が約束を果たす義務もありませんし、足りない個数の部品を買い取る義務もありません(もちろん、A社の事情により、足りない個数の部品を買い取ることについて、お互いに合意できれば、買い取っても構いません)。

一方で、B社からの部品が仕様通りではあるものの、「なんとなく汚れているから」と言って、その分を割り引いた金額をA社が支払うということは許されるでしょうか。
 B社は契約通りの納品をしているわけですから、A社はそれを受け取り契約通りの対価を支払わなければなりません。

同じように、労務提供は労働契約の債務の本旨に沿った完全なものでなければならず、また賃金は満額を支払わなければなりません。

法的リスクを「労務提供の有無」と「受領の有無」で整理する

会社からの賃金の支払いは、労務提供の受領と表裏一体です。そのため、労働者が「完全な労務提供が可能かどうか」と、会社が「労務提供を受領するかどうか」で整理してみましょう。

すると下表のようになります。要するに、①完全な労務提供が可能であるのにそれを受領しない場合と、②完全な労務提供は不可能であるのにそれを受領する場合の二つにリスクがあります。

労務受領あり労務受領なし
完全な労務提供が可能通常勤務
完全な労務提供は不可能欠勤・休職

①賃金請求権が発生するリスク

これは、完全な労務提供が可能であったにも関わらず、会社側がこれを受け取らなかったことにより、賃金請求権が発生するリスクです。具体的には、遅れて復職を認めた場合には、遅くなった分の賃金請求権が発生する可能性がありますし、仮に休職期間満了で退職となった後で、ある時点から復職ができる状態であったと裁判等で判断された場合には、その日までの賃金請求権が発生します。冒頭のケースでも、こうしたリスクを想定しているのでしょう。

②安全配慮義務不履行のリスク

これは、会社が復職時期尚早な事例の復職を認め、復帰後に病状の再増悪があった場合に、安全配慮義務における結果回避義務が履行されていないと判断されるリスクです。とりわけ、復職時期尚早であることが客観的にもわかっている場合や、復職後に病状の再増悪が疑われる状態であるにも関わらず、再度療養に専念させる対応を取らなかった場合に、このリスクが発生しがちです。冒頭のケースでも、またよくある質問でも、このリスクは見逃されがちです。

具体的な対応ではどうするか

絶対に訴訟されない対応のリスク

訴訟は本人の権利です。日本国民であれば、誰しもが裁判を受ける権利を持っています(憲法第32条)。そのため、絶対に訴訟されたくないと思うのであれば、本人が訴訟したいと思わない対応、つまりすべて本人の希望通りに対応すればよいでしょう。

しかし仮に本人の希望通りに対応していたとしても、結果が悪ければ会社にも問題があったと考えられて、結局訴えられるかもしれません。労働者本人ではなく、その家族が原告になった場合は、特にそうでしょう。その際に、本人の希望通りに対応してきた履歴は、会社が右往左往しながら、まったく一貫しない対応を取っている履歴にすぎず、逆に会社側の落ち度が認められやすくなるかもしれません(例えば十全総合病院事件では、本人が希望しなかったからと言って、ご家族に連絡しなかった病院側の対応は問題であったと指摘されています)。

つまり、いざ訴訟された時のことを考えると、会社が一貫した対応を続けることが、重要であると考えています。

リスクはバランスで考える必要がある

どちらのリスクも最大限対応できるのであれば、それに越したことはありません。しかしながら、賃金請求権が発生しないように、復職を早めに認めると、安全配慮義務不履行のリスクが高まり、一方で、安全配慮義務を十分に履行するために、復帰可能であることを慎重に判断して認めると、今度は賃金請求権が発生するリスクが高まります。つまり両方を同時に満たす対応はないと言ってよいでしょう。

なおリスクに対する考え方は、各社ごと、担当者ごとに違いますので、どちらを優先するのかや、どの程度優先するのかは、まちまちです。ただし、安全配慮義務は履行が十分か十分とは言えないかで判断されると傾向にありますので、安全配慮義務の履行を優先するからと言って、中途半端な状態では、後から振り返ってみたら、履行が十分とは言えないかもしれません。

復職名人では安全配慮義務を重視している

ご認識いただいている通り、復職名人における対応は、安全配慮義務の履行を重視しています。例えば療養の手順により、復帰基準を満たしていることを慎重に判断しますし、様式を用いて、客観的にも満たしていることがわかる記録を残していきます。

これは、リスクを、起きる可能性×損害の大きさで考えると、安全配慮義務の方が大きいと考えているからです。

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