理論・解説 読書ノート

日本の雇用の特殊性

日本の雇用の特殊性は、メンタルヘルス対応においても大きな影響を与えています。

「人事の成り立ち」(海老原嗣生・荻野進介,白桃書房,2018)という本の冒頭で、日本型雇用の本質について、わかりやすくまとめられているので、まずはそれを紹介します。

欧米でも、ジョブ自体は日本同様、不明確な定義しか行っていません。ただし、「勤務地域」や「職域」は、本人の同意がない限り変更できない、というところが日本とは大きく異なります。

(中略)

つまり、欧米では企業が勝手に人事を決められないのです。ジョブ型の本旨はそこにあり、決められたポストから動かせない、ところにあるのです。

(中略)

企業が好き勝手に人事権を行使できないのが欧米、一方、企業の胸先三寸で社員を自由に配置できるのが日本。それが大きな違いなのです

p9-10

この異動人事権の有無が、雇用システムにおいても大きな違いを生み出します。

欠員の補充方法は…

例えば、欧米では転職市場が成熟していて、ヘッドハンティングも盛んに行われていると言われます。
 一方で、日本では転職は未だ一般的とは言えず、企業の人材獲得という意味では、新卒一括採用が変わらず行われています。

この違いがなぜ生じているのか、仮に営業部長が定年退職したときの人材補充のことを考えてみましょう。

日本では一般的にこのような欠員が生じた場合、例えば営業課長を昇格させたり、生産部長を兼務させたりして、欠員を埋めます。その結果、更に生じた欠員については、次々と昇格や人事異動を行って対応します。
 最終的には、一番下の新入社員のポストに空きができますので、新卒採用により人材補充をすることができます

この玉突き人事異動が、何らかの事情でうまく行かない場合にどうなるか。他の人の人事異動にしわ寄せが行きますし、場合によっては新卒採用に影響が出ることになるかもしれません。

一方で、欧米では、冒頭に引用したとおり、勤務地域や職域(職種)の変更は本人の同意がないとできないため、社内人事にも大きなコストが発生します。玉突き人事を行うとするとなおさらです。
 そのため、一般的にはそのポストを直接埋める、ヘッドハンティングによって人材補充することになります。

日本型雇用の特殊性とは

職能給と職務給の違い

異動人事権が認められているため、新卒一括採用が維持できること以外にも特徴があります。

日本型の最大のポイントは、「(この仕組の中に入ってしまった人は原則として皆)階段を上る」ことだと私は考えています

p12

要するに、誰でも管理職くらいには昇格でき、それに伴って賃金も上昇する仕組みであるということです。

欧米の一例として、フランスの一般的な大卒新入社員は、生涯で賃金が2割程度しか上昇しません。なぜなら同一労働同一賃金が徹底されており、同一労働の中での生産性の向上といった点しか評価されないためです。

一方で日本では、同じ属性(大卒)の正社員は、賃金が2倍以上になるのが一般的です。なぜなら、日本では人に対して賃金が決まる仕組みだからです。

本書では面白い例が紹介されています。

英会話スクールの講師であるAさんとBさんがいたとします。どちらも同時期に入社しており、現在は「初級英会話講座」を担当しています。Bさんは英語しか教えることができないのですが、Aさんは英語に加えて中国語を教えることができます。

さてどちらの給与のほうが高いでしょうか。

日本では、Aさんの給与のほうが高いと答える方が多いでしょう。
 なぜなら、英語しか教えられないBさんよりも、中国語も教えられるAさんのほうが、能力が高いと考えるからです。つまり、給与が人で決まります。

一方で、欧米では、二人の給与は同じと答える方が多いはずです。
 職務によって給与が決まりまるため、同じ初級英会話講座を担当しているのであれば、教え方に差がない限り、同じ給与であることが合理的です(英会話講座の中で同時に中国語を教えることはできず、Bさんが英会話講座を担当する際の、中国語能力はまさに「潜在的能力」なわけですが、日本ではこの「潜在的能力」分も賃金に反映させているということになります)。

いわゆる日本は能力(職能)給、欧米は職務給という方式で、給与が決まるということです。

誰もが階段を登れる社会

さらに日本では、たとえその時点で「その」業務に従事していなくても、能力を向上させることで、賃金を上昇させることが可能です。先ほどの例で言えば、さらにドイツ語を教えることができるようになれば、もっと給与が上がるイメージでしょうか。

この点を本書では、「青空の見える労務管理」として日本型雇用管理の特徴として挙げています。

このように、日本型雇用管理にも、会社にとっても労働者にとっても、良い面と悪い面があります。わが国では、欧米との対比のなかで、どうしても悪い面が取り上げられることが多いですが、良い面も踏まえた上で、今後の雇用管理を考えていく必要があると考えます。

まとめ

今回は、日本型雇用の特殊性として、会社に認められている強大な異動人事権について取り上げました。

下記のように、会社にも労働者にも両者にとって、良い側面と悪い側面があることをご理解いただけたでしょうか。

会社

○人材の補充が容易(新卒一括採用で対応可能)
×解雇が難しい(仕事がなくなっても別の仕事を割り当てる必要がある)
×成果に連動しない賃金を支給しないといけない

労働者

○勤め続ければ給与が上がる(倍増)
○新卒で経験がない社員も雇用の機会が与えられる
×あらゆる業務、あらゆる勤務地での業務を命ぜられる可能性あり

良い面を残したまま、悪い面だけを変えるようなことも簡単にはできません。そのため、とりあえずのところは現状の雇用管理、つまり日本型雇用の特殊性のもとでの対応を考えなければいけません。

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