事例相談を受けていると、「本人は異動を希望している」「本人から『今の上司のもとでは働きたくない』という要望があった」というような話がよく出てきます。ですが、そもそも本人の希望や要望は、どの程度対応すべきなのでしょうか。
希望を聞いてしまうことの問題点
医療的対応では本人の希望を最大限尊重する
二つの健康管理で整理したように、医療的健康管理に基づく対応では、本人の意思や希望は最大限尊重します。
そもそも医療的対応は、サービスの域を出ない福利厚生としての位置づけであり、本人の意思や希望がその根本にあるといってもよいでしょう。そのため、おそらく多くの対応において、面談などの場面で本人に対して「どうしたいのか」聞いてしまっているのではないでしょうか。
希望を聞いてしまった以上、ゼロ回答は難しい
本人の希望を確認してしまった以上、「それは対応できかねます」という回答をすることは、心理的抵抗が大きいことは間違いありません。
また本人側としても、「希望を聞いてくれたのだから、満額回答はないとしても、それなりに納得のいく回答をしてくれるはず」という期待をしてしまいがちです。
しかしながら、日本型雇用の中では、当初の労働契約において、会社の指示命令に従って働くことを約束しているわけです。配属や業務分配は、その一環として業務の都合により行っているわけであり、本人の希望を挟む余地はないはずです。
仮にA案とB案の二つがあってどちらも同じような成果が見込めるものであれば、そのどちらを行うか本人の希望を踏まえるというようなことはあるかもしれませんが、ごくまれなケースといってもよいでしょう。
働くということの意味(個人的見解)
職場において通常働いている従業員から、「別の部署に異動したい」とか「あの上司のもとで働きたくない」というような、本音が聞こえてくることはありません(私的な場で、雑談のように出てくることはあるかもしれませんが)。
これはつまり「働くということは、本音を押し殺してでも、文句を言わずに、言われたとおりに働く」ということを、各個人が理解して働いているからなのかなと思うのです。文字に起こしてしまうと、なんとも堅苦しいと思ってしまいますが、そもそも職場の環境と本音の乖離が少ない会社で働くべき、ということではないでしょうか。
本人の希望の取り扱い
休職からの復帰において、労働条件は変わらないはず
いつもお伝えしていることですが、休職から復帰するタイミングというのは、労働条件を交渉するタイミングではありません。
私傷病により労働契約で約束していた労務提供が困難になったから療養する、私傷病から回復し労務提供を再開できるようになったから復帰する、ただこれだけのことのはずで、労働条件に触れる余地はそもそもないはずです。
そのため、本人の希望を踏まえた対応をしなければならない必然性は、まったくありません。
面談ではなく面接をする
上記のとおり、本人の希望をついうっかり聞いてしまう面談は、すべきではありません。そうではなく、復帰に向けた制度の説明をする面接をすべきなのです。
面接を行う際には、まず会社から説明をして、質疑応答の場面で双方向的な対応をするように、面接シナリオを準備します。会社から先に説明を行うことで、叶えることのできない本人の希望を聞き出すことを防げます。
それでも質疑応答の場面で本人から希望が出てくることはあります。ですが先に説明をしているので対応は容易です。「先ほど説明したように~となります」と同じ説明を繰り返せばよいのです。