理論・解説

業務的健康管理とは

業務的健康管理という言葉を、初めて聞いた方も多いかと思います。

この業務的健康管理は、通常の労務管理の一環として実施する健康管理のことです。
 通常の労務管理の一環なので、人事が全体を把握して対応できることが特徴です。従来のように産業保健職に任せるしかない、ということがありません。人事が自信をもって、求められる役割を果たすことができます。
 また、事業者にとっては、安全衛生法の規程も含め、最低限の義務(安全配慮義務)でもあり、かつ業務の運営上も必要な管理といえます。

対義語となる医療的健康管理と比較するとより理解しやすいと思います。

業務的健康管理と医療的健康管理の比較

医療的健康管理とは、病院で医師や看護師などが行っている医療の考え方を参考にしつつ、職場で行う健康管理のこと、とここでは定義します。

健康管理の目的

まずそれぞれの健康管理は、目的が大きく異なります。

医療的健康管理の目的は、個々の社員の健康維持・増進です。医療では、患者本人が健康になるのであれば、そのために家族などに負担がかかっても仕方ないと考えます。同じように、その社員が健康になるために、場合によっては、他の社員に負担となることも問題とは考えません。

一方で、業務的健康管理の目的は、組織そして会社全体として、就業に支障がない労働力を確保することです。全体最適を目指しますので、一部の社員にとって不都合なことであっても、組織にとって必要なことであれば行います。

健康管理の実施者

医療的健康管理の実施者は、医療に関する専門知識や考え方を熟知している、産業医や保健師が行わざるを得ません。従来のメンタル対応では、医療的には素人である上司や人事に、こうした健康管理をさせようとした点に、問題点があったのかもしれません。

一方の業務的健康管理は、あくまで通常の労務管理の一環であり、職場のルールや規則に基づいて行いますので、普通の上司や人事が対応できます(対応しなくてはならないとも言えます)。

会社にとっての位置づけ

医療的健康管理は、医療ですからあくまで福利厚生の一環です。社員から拒否されれば、無理やり関与することはできません。会社にとっては「やらないよりは、やったほうが良いかも」というようなレベル感です。

一方、業務的健康管理は、先ほど説明したとおり、内容によっては使用者の義務でもありますので、必ず行わなければなりません。裏を返せば、従業員に業務命令をしてでも、させることがある、ということです。

上司の関与

簡単にまとめると、医療的健康管理では、上司による「ライン『メンタル』ケア」を期待します。

それに対して、業務的健康管理では、上司による「ライン『マネジメント』ケア」を行うよう指示します。

二つの健康管理の違いが分かる具体的な例

本人の意思をどこまで尊重するか?

医療的健康管理では、医療の現場と同じく、本人の意思は最大限尊重します。逆に言えば、本人の意に沿わないことは決して行いません。
 例えば、医療現場で「99.9%効果のある治療方法」があると仮定しましょう。いくら主治医がこの治療方法が良いと考えていても、本人がこの治療方法を望まないなら、医者は決して強制することはしません。
 同じように、仮に社員の病状が明らかに悪く、早急な療養が絶対的に望ましいという状況を考えてみましょう。いくら産業医が療養を説得したとしても、本人が就業継続を頑なに希望すれば、医療的健康管理の立場からは、療養させることができず、問題解決ができません。
 当然、主治医も療養が必要だと考えても、本人が療養に同意しないなら、それ以上はどうしようにもありません。それゆえに、こうした状況において、「とりあえず受診」させると「通院しながら、就業可能」という診断書が出るわけです。

一方、業務的健康管理は、労働契約の範囲内でのみ、本人の希望は尊重します。しかしそれを超える、公平性の観点から問題があるような対応はしません。また、本人の意に沿わないことでも、業務上必要なことであれば、(もちろん規則や公序良俗の範囲内で)命令してでも強制することがあります。
 例えば、職場において、ある特定の社員が「99.9%」健康になるという対応があるとしても、労働契約や公平性の観点から、あるいは、経済的な点から(費用対効果が十分でない)としてそのような対応を行わないということも当然ありえます。
 また、就業に支障があると判断した時点で、例え本人が就業継続に強い希望を持っていたとしても、それを退け、場合によっては、休業を命じることもあります。

気付き、予兆の見分け方

よく、「メンタル不調の早期発見はどのようにすればできますか」という質問を受けます。

これについて、医療的健康管理は、よく紹介されているように、精神的に疲弊していないか、服装が乱れていないか、視線を合わせて会話ができるか、といったことから、早期発見をしようとします。
 しかし、ある程度のトレーニングはできるとは言え、医療的には素人である上司にこれほどの要求ができるでしょうか。また、もしこのような予兆を見落としていた場合に、上司の落ち度を追求できるでしょうか。さらには、素人判断がもし間違っていた場合、誰がどのように責任を負うのでしょうか。

一方の業務的健康管理では、あくまで通常勤務できていないことが、対応のスタートです。
 具体的には、業務上のミス、納期が守れない、遅刻、早退など勤怠上の問題がある、といった点に気づいてください。通常勤務に支障がある点を通常の労務管理の一環で、注意指導し、それでも改善しない場合に、人事に報告する、という従来の上司の担う役割と何ら変わることはありません。

両者の区別と役割分担が重要

これまで見てきた通り、業務的健康管理と、医療的健康管理は、対応方法に大きな違いがあります。

誤解していただきたくないのは、どちらか一方が良い、というわけではありません。大事なのは、それぞれの役割分担です。産業保健職は医療的健康管理で、従業員に接する場面も当然あって良いと思います。

ただし、業務的健康管理とごちゃまぜにせず、業務的健康管理は人事に任せて、産業保健職は医療的健康管理の範囲で話をする必要があります。平たくいえば、「医療的」な立場から、就業上の措置に言及してはなりません。また本人の希望がないのに強制すべきでもありません。

また人事は、少しメンタルヘルスをかじったからと言って、医療的健康管理による対応をすることは望ましくありません。あくまで人事権を行使する立場として、業務的健康管理に徹するべきです。

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