理論・解説

診断書はなぜ必要なのか

休職者から「復職可。ただし職場環境調整が望ましい」という診断書が提出されたり、復帰した従業員に対して異動を内示したところ「異動をさせると病状が悪化する恐れがあるので、異動はさせるべきではない」といった診断書が提出されたりして、困るケースは少なくありません。

今回は具体的な対応方法はいったん脇に置いて、診断書がなぜ必要なのか、考えてみたいと思います。

診断と診断書の区別

まずは「診断」と「診断書」を整理してみましょう。

診断とは

「診断」は、治療方針等を立てるために、医療機関において診察や検査などを通して行われるものです。
 ただ冷静に考えてみると、診断がついてもつかなくても、治療そのものに大きな違いはないことは少なくありません。また診断がついたとしても、特効薬などの治療が確立していなければ、すぐに治るわけではありません。こうした医療に対する感性も、業務的健康管理を進めていく上では注意が必要です。

診断書とは

診断書は、治療そのものには必要ありません。何かしらの社会的な手続きのために必要だから、患者の求めに応じて発行しているはずです。
 では、会社が診断書を必要とする手続きには、一体どのようなものがあるでしょうか。そもそも会社における手続きとして、診断書が必要なのは、病気欠勤や休職のために「休むため」か、採用選考時や復職時などに提出する「問題なく働けることの証明」しかありません。

要するに、配属先に関する言及がある診断書や、働く上での配慮事項について記載された診断書は、制度上取り扱う余地がないのです。あくまで、慣習で取り扱っているだけにすぎません。診断書もないのに、配慮してほしいという希望を出したところで、到底叶うはずもない一方で、医師の診断書があれば、何かしらの配慮を求めることも簡単になるので、提出しているという側面があることは否定できません。

極端な話をすれば、このような診断書が提出された場合に、
「診断書は、休むためか、働けることの証明のためかしか、制度の定めにはないはずだ。提出された診断書には、『問題なく働ける』とは記載がないから、これは休むために提出してきた診断書なのか」
と解釈することさえできましょう。

なお、「病気が悪くならないためには、どのような配慮をして働かせたら良いのか」と考えて、診断書を求めているケースがあるかもしれませんが、病気が悪くなる懸念が生じている時点で、通常勤務ができているとは言えず、それは速やかに療養導入すべき状況にあるとも言えます。

休むためになぜ診断書は必要か

改めて考えてみると、私傷病により労務提供ができないと労働者が考えたのであれば、診断書を出さなくても、それを正直に申し出て休めば良いだけであるはずです。ここでなぜ診断書が必要となるのでしょうか。

詐病防止・解雇回避

もちろんこれは性善説に立った話です。現実的には、詐病防止、つまり本来は働けるのに、詐病で休むことを防ぐという要素が含まれているでしょう。
 しかしながら詐病を疑うようなケースは、通常業務においても何かしら信用性を欠くことがあるのでしょうから、むしろ通常業務の範囲内で問題を解消すべきではないかと考えます。

あるいは、私傷病であれなんであれ、仕事ができないことそのものは労働契約の約束違反であり、それを繰り返せば普通解雇事由になり得ます。
 そのため、仕事ができない仕方がない事情があることを示すために、いわゆる解雇回避のために診断書を提出しているという側面もあるかもしれません。

上司・同僚への申し開き

もう一つは、上司や周囲の同僚に対して、休むことを正当化するために診断書を提出している、という理由です。これは日本の職場の慣習が大きく関わっているように思われます。
 職務無限定性により、他の人の仕事の手助けも、その人の職務に含まれます。すると、仮に誰かが休むと、その人がやるはずだったはずの仕事を、他の人が代わりに行うことになるわけです。

要するに誰かが休むと他の人への負担となる。この負担を受け入れてもらうために、「本当は体調が悪くても、這ってでも出社して仕事をしたい気持ちはあるのですが、医者がそれを止めるので、仕方なく休ませてもらいます」という弁明のために、診断書(あるいは医者)が用いられているのではないでしょうか。

診断書が必要な世界を考えてみる

病気欠勤や休職からの復帰時に、通常勤務が可能であることについて、診断書(あるいは意見書)は求める必要があるでしょう。これは、通常勤務が可能ということは、他の従業員と同程度の配慮をすれば十分である、ということについて、安全配慮義務上の医師のお墨付きを得るためです。一方で休むための診断書は本当に必要でしょうか。

欠勤理由書の提出を求める

過去に原因不明の発熱で休んでいた従業員の対応をしたことがあります。病院へ行って検査しても原因が特定できない(=診断がつかない)ので、診断書が書けないと言われたそうです。
 これに対して、「事由のない欠勤理由書」という報告書を日々提出させるという対応をしました。要するに、診断書を提出させる目的は、何かしらの医師から診断の情報を得て、それを元に会社での対応を判断することにあったはずです。そして会社として知りたいのは、欠勤を認めるか、正当な理由による欠勤ではないので無届欠勤として処分するかを判断するために、療養に専念しているとか、病院を通院しているといった、欠勤をしている理由であるはずです。であれば、実際に日々の本人の行動を報告させて、判断すれば良いと考えたわけです。

現実的には、数日休むためだけに、診断書の提出を求めているケースは多くはないでしょう。「4日以上とか1週間以上休む場合に求める」という規定をしている会社もあります。しかしながらその期間に到達する前に、繰り返し休むケースがあるかもしれません。1日だけ休むためであっても、欠勤理由書の提出を求めるという運用は一考の価値があると考えます。

事由を問わない欠勤(休暇)制度の導入

さらに議論を発展させていくと、そもそも病気という仕方ない事情なのか、それとも仮病なのかを区別するために診断書を求めているのだとすれば、これらを区別を不要だと考えれば(あるいは諦めてしまえば)診断書は不要となります。これを実現するのが、事由を問わない欠勤(あるいは休暇)制度です。要するに事由を問わない急なお休みを、年に何日か(あるいは雇用終了までに何日か)取得できる、と制度にしてしまいます。

ここでキーとなるのは、事由を問わない欠勤(休暇)があれば、その反面、当日連絡の急な有給休暇の取得に対して厳正に対処することができるようになるという点です。
 そもそも、体調不良の場合に、当日連絡で有給休暇の取得を認めることは、有給休暇の制度の趣旨に反します。有給休暇は労働から解放されてリフレッシュするための制度であり、基本的には事前に申請すべきものです。時季変更権の行使の余地を残すという観点においても、事前申請は徹底すべきです。その中で慣習的に行われているのは、当日連絡による病気欠勤を、事後的に有給休暇で救済しているだけなのです。
 ところが現実的には、労働者側は病気になることを心配して、有給休暇を温存する傾向にあり、結果的にリフレッシュの目的での利用も進んでいません。

事由を問わない欠勤を制度とし(できれば有給の休暇とし)、当日連絡のお休みは全て事由を問わない欠勤として取り扱い、有給休暇は必ず事前申請を徹底すれば(欠勤の事後救済もしない)、有給休暇をいざという時に温存する必要がなくなるから、リフレッシュ目的での取得も進むはずです。有給休暇の適正利用につながります。
 さらに、従業員のほとんどがリフレッシュのために有給休暇を取得するようになれば、まさにお互い様の精神で、休んだ際の仕事の負担も協力して対処できるようになることも期待できます。

各社独自の○○休暇が流行っているように思いますが、とってつけたような休暇制度を設けるくらいなら、そうした事由を問わない欠勤(休暇)制度の導入を検討してみてはいかがでしょうか。

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