安全配慮義務の誤解を解く|「配慮して働かせる義務」ではない

「安全配慮義務があるから、業務を軽減してでも働かせなければならない」ーこうした理解をお持ちの方は少なくないのではないでしょうか。

しかしこの理解は、安全配慮義務を文字通り捉えたことによる誤解です。対応はどんどんおかしな方向に進んでしまいます。本稿では、安全配慮義務に関するよくある誤解を整理し、実務上どのように考え、対応すべきかを解説します。

*本記事は「復職名人が読む三手先」第29回の内容をもとに構成しました。

安全配慮義務とは何か

条文の確認

労働契約法第5条には、次のように規定されています。

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

この条文を文字通り捉えると、「日々の業務の中で、労働者の健康状態に支障を来さないように配慮する義務」と読めてしまいます。すると、どんどん配慮しなければならない、もっと配慮しなければならない、という方向に際限なく進んでしまいます。

ここに、安全配慮義務に関する誤解の出発点があります。

労働契約の構造から考える

誤解を解くために、まず労働契約の基本構造に立ち返りましょう。

労働契約において、会社と労働者それぞれの主たる義務(本旨債務)は明確です。労働者は債務の本旨に従った労務を提供する義務を負い、会社はそれに対する賃金を支払う義務を負っています。これが労働契約の太い2本の柱です。

一方で安全配慮義務は、この本旨債務に付随する義務、いわゆる付随義務として位置づけられるものです。信義則上の義務とも言われます。

この整理を踏まえると、次のことが見えてきます。

よくある誤解|不完全な労務提供を受け入れる義務ではない

安全配慮義務=軽減勤務をさせる義務?

安全配慮義務についてよくある誤解は、「健康上の理由で完全な労務提供ができない労働者に対して、業務を軽減したり、簡易な作業に転換してでも働かせなければならない」というものです。

しかし、これは付随義務によって、本旨債務の内容を書き換えてしまっていることになります。

労働者側の本旨債務は、債務の本旨に従った完全な労務提供です。健康上の理由により完全な労務提供ができない状態は、労働者側の事情による不完全労務提供に他なりません。そして、不完全な労務提供を受領するかどうかは、会社の判断に委ねられています。
 健康状態がさらに悪化しないように配慮した上で働かせても良いですし(これがよくある誤解に基づく対応)、そもそも通常勤務ができないなら休ませるということも選択肢としてあり得るわけです。

つまり、安全配慮義務があるからといって、不完全な労務提供を受領する義務が会社に生じるわけではないのです。安全配慮義務という付随義務が、労働契約の本旨債務を拡大・修正するような捉え方は、論理的に飛躍があると言えるでしょう。

手段債務であって結果債務ではない

もう一つ重要な点があります。安全配慮義務は、手段債務であって結果債務ではありません。
 要するに、本来は結界を約束している義務ではなく、最善を尽くすことを約束している義務なのです。

労働法の教科書にも、安全配慮義務について次のような趣旨の記述があります。「労働者の職場における安全と健康を確保するために十分な配慮をなす債務ではあるが、安全と健康そのものを請け負う結果債務ではなく、その目標のために諸々の措置・手段を講ずる債務にとどまるのである」と。

つまり、安全配慮義務の文脈で考えると、「労働者の健康を害さないという結果」を保証する義務ではなく、そのために適切な措置を講じるという手段を尽くす義務なのです。しかしながら、生命・健康というかけがえのないものを守る義務である以上、どこまでも手段を尽くしていることが求められる構図にあります。

安全配慮義務の歴史的背景

もともとは「命に関わる危険」の話だった

安全配慮義務という概念がもともとどのような場面で生まれたのかを振り返ると、現在の誤解の構造が見えてきます。

安全配慮義務を最初に認めた判例は、自衛隊の事件(陸上自衛隊事件)です。車両事故により隊員が亡くなったケースでした。また、民間企業に適用された川義事件は、宝石店で夜間勤務中に強盗に襲われて殺害されたケースです。

いずれも、業務の中で命を落としているという極めて重大な事案です。「働くということの中で命を取られる、それはおかしいだろう」という発想から、会社にはそれを回避するための最大限の努力義務がある、とされたわけです。

伝統的な安全配慮義務の3点セット

伝統的に、安全配慮義務の履行として求められてきたのは次の3つでした。

  1. 物的環境の整備として、転落防止の設備を設けるなど、物理的な安全を確保すること
  2. 人的体制の整備として、必要な作業人員の配置や補助者をつけるなどの人員体制を整えること
  3. 安全教育として、労働者に対して必要な教育を施すこと。

これらはいずれも、具体的な「措置」です。まさに手段債務としての安全配慮義務の典型的な内容です。

健康配慮への拡張とその問題点

ところが近年、安全配慮義務は健康配慮の領域にまで拡張して捉えられるようになりました。メンタルヘルス不調への対応として、安全配慮義務の履行が求められる場面が増えてきたのです。

しかしここに問題があります。命に関わる事故と、回復可能な健康上の問題では、本来の重みが異なります。死は不可逆ですから、少しでも会社に落ち度があるなら責任を追及するのは当然でしょう。一方で、健康は回復可能なものです。それを同じ枠組みで、同じ厳しさで会社の責任を問うのは、やや行き過ぎではないかという問題意識があります。

命に関わる重大な事案を想定して作られた概念を、はるかにマイルドな健康上の問題にまで適用したことで、その捉え方に歪みが生じているように思うのです。

「前向き」の安全配慮義務と「後ろ向き」の安全配慮義務

二つの視点は別物である

安全配慮義務を考える際に、ぜひ意識していただきたいのが、前向き(日々の対応)の視点と、後ろ向き(事後的な評価)の視点は、別物であるということです。

前向きの視点とは、日々の業務の中で安全配慮義務を守っていこうとする姿勢です。後ろ向きの視点とは、何か問題が起きた後に、安全配慮義務違反を問われないようにするための対応です。

一般的には前者に目が向きがちですが、本来やるべきことは、後で振り返った時に安全配慮義務違反だったと言われないための対応を、今するにはどうしたらいいかという後ろ向きの発想から考えることです。

前向きに考えると迷走する

前向きに安全配慮義務を考えると、段階的な対応が正解に見えます。いきなり休ませるのは乱暴だから、まず業務を軽減して、様子を見て、それでもダメなら……と段階を踏もうとします。

これ自体は、手段債務として「頑張っている」ように見えます。しかし、最終的に休ませなければならない事態になった時、この「段階的な対応」の期間中にさまざまな情報を収集してしまっているため、予見可能性を自ら高めてしまうという矛盾が生じます。

医療に例えるならば、予後を良くするためにバッサリと手術をすべき場面において、QOL(生活の質)を意識しすぎて、難しい処置を重ねた結果、かえって悪い結果を招いてしまうようなものです。前向きに「頑張る」ことと、結果として最善の対応をすることが、必ずしも一致しない場合があるのです。

後ろ向きに考えるとシンプルになる

一方で後ろ向きに考えると、判断はシンプルになります。

安全配慮義務の最大の履行とは何か。労働契約に則って考えれば、それは 労務提供を免除すること(=休ませること) に他なりません。労務を提供する場面がなければ、その場面における安全配慮義務も問題になりません。

つまり、後ろ向きに考えれば、健康上の問題を検知した時点で、早めに休ませることが最善の安全配慮義務の履行なのです。

予見可能性と結果回避義務

安全配慮義務違反の2段階

安全配慮義務違反の判断には、2つの段階があります。

まず予見可能性です。結果(健康状態の悪化や自殺等)が起こり得ることを、会社側が予見できたかどうかという判断です。次に結果回避義務です。予見可能性を前提として、その結果を回避するための措置を講じたかどうかという判断です。

予見可能性を高めないというアプローチ

この2段階の構造を理解すると、もう一つのアプローチが見えてきます。それは、予見可能性をむやみに高めないというアプローチです。

予見可能性が低ければ、結果回避義務の程度も低くて済みます。逆に、予見可能性が高まれば高まるほど、結果回避義務も厳しくなり、最終的には休ませるしかないという結論に至ります。

ところが、本人の希望に沿って就業を継続させながら、さまざまな支障を認知しつつ対応を続けるということは、予見可能性を高め続けていることに他なりません。ここに大きな矛盾があります。

情報収集の落とし穴

特に医療職の方に注意していただきたいのが、情報収集が予見可能性を高めてしまうという点です。

臨床の現場では、患者の情報はあればあるほど良いとされます。できるだけ多くの情報を収集し、その中から必要な情報を取捨選択するのが、医療の基本的なアプローチです。

しかし、産業保健の場面でこの感覚をそのまま持ち込むと、問題が生じます。面談でさまざまな情報を収集した結果、前向きには「まだ対応の必要はない」と判断したとしても、後から振り返った時には、「あの時点でこれだけの情報を把握していたのだから、予見可能性があったのではないか」と問われることになるのです。

臨床と産業保健では土俵が異なります。同じやり方が通用するとは限らないという認識を持つことが重要です。

早い履行と遅い履行|リスクの非対称性

早く休ませることのリスクは低い

では、早めに休ませることのリスクはどの程度あるのでしょうか。

早めに休ませた場合に想定されるリスクは、休職命令が権利の濫用であるとして争われることです。しかし、就業規則に基づく適切な手続きを踏み、不当な動機ではなく、産業医等の意見も踏まえた上での判断であれば、休職命令が無効とされるリスクは高くありません。

また、家族を交えた面接を行い、本人や家族の理解を得た上で療養に入ってもらうというプロセスを経ていれば、本人自身の手で療養申請をしてもらえるケースがほとんどです。その場合、そもそも妥当性が問題になることすらありません。

加えて、裁判所は労働者の経済的な生活に関心を持ちますが、傷病手当金等により経済的な保障がなされている限り、この点は大きな問題にはなりにくいでしょう。

遅く休ませることのリスクはコントロール不能

一方で、休ませるのが遅れた場合のリスクは、コントロールが極めて困難です。

遅い履行の結果として、労働者の健康状態が深刻に悪化した場合、安全配慮義務の不履行として責任を問われるリスクが生じます。しかも、その間に予見可能性を高める情報を蓄積してしまっているため、会社側の主張は通りにくくなります。

つまり、早い履行に伴うリスクと、遅い履行に伴うリスクは非対称 です。早い履行のリスクは限定的でコントロール可能である一方、遅い履行のリスクはコントロール不能な重大なものになり得ます。このことを踏まえれば、「少し早いかもしれない」と思うくらいのタイミングで療養に導入する方が、結果的には正解であると言えるでしょう。

気づきの捉え方|業務上の支障で判断する

ここで一つ補足をしておきます。メンタルヘルス対応における「気づき」について、よく挙げられるのは次のようなものです。表情が暗くなった、目を合わせない、声に覇気がない、付き合いが悪くなった、といった変化です。

しかし、これらの変化をもって直ちに療養導入を検討するわけではありません。

私たちが着目するのは、あくまで 業務上の支障 です。遅刻・早退・欠勤が増えた、業務の能率が落ちて納期を守れなくなった、仕事中に居眠りをしている、上司に対して反抗的な態度を取るようになった——こうした、業務に具体的な支障が生じている事実を捉えて対応します。

また、こうした事象が「ある時突然起こるようになった」という変化が重要です。以前からずっと遅刻しているというのであれば、それはメンタルヘルスの問題ではなく、労務管理の問題です。ずっと遅刻しているのに指摘・指導をしてこなかったのであれば、まずそこを改善する必要があります。

本人の希望を聞く義務ではない

「どうしたいの?」と聞いてはいけない

安全配慮義務に関する最も根本的な誤解の一つは、安全配慮義務=本人の希望を聞く義務と捉えてしまうことです。

よくある場面を想像してみてください。部下の様子がおかしいことに気づいた上司が、面談の場で「どうしたいの?」と尋ねます。上司は本心では「休みたいと言ってくれないかな」と期待しているのですが、本人は「休みたくない」と答えます。上司は困ってしまい、しばらく現場で様子を見ることになります。

これは、上司に何の武器も持たせず、何の方針も決めずに対応させた結果生じる、典型的な問題です。いわゆるラインケアの名のもとに上司に面談をさせるものの、何をすべきか具体的な指針を示していない。どうすべきか決まっていないから、「どうしたいの?」と聞くしかない。本人が「休みたくない」と言えば、それに従うしかない。こうして、ずるずると問題が長期化していきます。

条文上も本人の希望は全く出てこない

冒頭の労働契約法第5条を再掲します。

使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

改めて読んでいただければわかるように、本人の希望という話は、少しも出てきません。

要するに、安全配慮義務は、本人の希望の如何によらず、結果を回避するために最善の措置を講じる義務であって、本人の希望を尊重するために最善を尽くす義務ではないのです。

ここで、医療契約との違いを意識しておくと理解しやすいかもしれません。医療契約においては、患者の希望に沿って最善を尽くすことが、医師の義務です。しかし、労働契約においては、本人の希望に沿うように最善を尽くす義務は、本来どこにもありません。にもかかわらず、現場の対応が「本人の希望をできるだけ叶えるために最善を尽くす」という、まるで医療契約のような形になってしまっているところに、問題の根があると言えるでしょう。

まとめ

安全配慮義務に関する誤解を整理すると、次の3点に集約されます。

まず、安全配慮義務は 手段債務であって結果債務ではない ということ。労働者の健康という結果を保証する義務ではなく、そのために適切な措置を講じる義務です。次に、安全配慮義務は 不完全な労務提供を受領する義務ではない ということ。付随義務によって本旨債務の内容が書き換えられるような捉え方は、労働契約の構造上、論理的に飛躍があります。そして、安全配慮義務は 本人の希望を聞く義務ではない ということ。本人の希望の如何によらず、結果を回避するために適切な措置を講じる義務です。

実務上は、後で振り返った時に安全配慮義務違反だったと言われないための対応を、今から逆算して考えることが重要です。早い履行のリスクは限定的でコントロール可能である一方、遅い履行のリスクはコントロールが困難です。
 だからこそ、対応の方針と手順をあらかじめ決めておき、事業者としてのボトムラインを明確にしておくことが、最善の安全配慮義務の履行であると言えるでしょう。